鮮やかに咲く、真夏のひまわりみたいに(10

 

 翌早朝、かなでは菩提樹寮の庭に1人で立っていた。

軽く深呼吸。朝のさわやかな空気で、頭をしゃきっとさせる。

もうすぐ、東金が起きてくる時間だ。そしたら、リビングに行って、話をしようと決めていた。

(うう……緊張する……)

本当は、東金にあわせる顔なんてない。申し訳なさと恥ずかしさで、穴があったら入りたいくらいだ。

せめて少しでも気分を落ち着けようと、かなではゆっくりと寮庭を歩き回った。

 菩提樹寮は、閑静な住宅地にある。まだ早朝ということもあり、辺りは静かだ。車の音ひとつ聞こえてこない。

 テッセンの紫の花が、朝露に濡れている。

 それから、朝日を浴びて輝く黄金(きん)色のひまわりが、かなでの目に止まった。

 1、2、3、4、5。全部で5本。

 真夏の日差しの中で、鮮やかに咲き誇っている。

(みんな同じ方を向いてる……)

そういえば、ひまわりは太陽に向かって咲くのだと、昔、祖父が教えてくれた。

その姿が、あたかも太陽を慕うかのように見えるからだろう。ひまわりの花言葉は、『あなただけを見つめます』。ひたむきに一途に、恋する女性のようだ。

 ――背後で、足音がした。

「2度目だな。花の前にたたずむおまえを見るのは」

かなでは飛び上がった。

ほんの2、3m後ろに、東金が立っている。いつものように制服姿で、品定めするようにかなでを眺めている。

「前は、花屋の店先だった。華やかなダリアには負けると思ったが……素朴なひまわりには、存外、悪くない」

 落ち着いて話そうと決めていたのに、不意打ちで、かなでは完全に上がってしまった。

「と、と、東金さん……」

 あ?と東金が眉をひそめる。

「な、な、な」

「な?」

「……なんで、ここに……」

「なんでって、おまえが呼び出したんだろ?」

 東金は小さな紙切れを取り出し、ひらひらと振って見せた。

「さっき気がついたら、ドアの下に挟まってた」

広げて見せる。そこには、癖のない端整な文字で、こう書かれていた。

『大事なお話があります。寮庭まで来てください。小日向かなで』

 ――ニアだ。

 かなではとっさにそう思った。

 いや、でも。こんな早い時間に、ニアが起きてるはずないし。

 そもそも、いくらニアだって、男子棟に立ち入ったりするだろうか?

 だけど、他にこんなことをする人間が居るとは思えない――。

 かなでがあれこれ考えていると、東金が笑い出した。

「おまえ、ガキみたいだな。表情がころころ変わるし、思ってることが丸わかりだ」

 かなでは赤面した。なんだかものすごく、恥ずかしい。

「要するに、これを書いたのはおまえじゃないんだな?」

 かなではこくこくと何度もうなずいた。

「なら、差出人に心当たりは?」

 今度は力なく首を振る。思い当たる可能性はあったけど、それをうまく説明する自信がない。

 ふうん、と東金はつぶやいた。それから少し考えて、

「質問を変える。おまえがここに居た理由は?」

「そ、それは」

 慌てて口をひらいたせいで、舌を噛みそうになった。軽く深呼吸して息を整え、

「それは、あの。……東金さんが起きるのを待ってたんですけど……お話したいことがあったので……」

「…………」

 東金はまた考える顔になった。

「つまり、この紙切れに書かれてた通りってことか」

「……は、はい……そうです」

 はっと東金がため息をついた。それから、どうなってやがるんだ、とつぶやく。

「ま、いいか」

 やがて、手の中の紙切れをくしゃっと握りつぶし、

「で?おまえの話ってのは?」

「!」

 問われて、かなでは姿勢を正した。

「あ、あのっ!きのうは!」

 ふいに東金がまなざしを鋭くした。

「先に言っとくが、くどくど謝ったりはするなよ。きのうは軽く子守をしてやっただけだ。恩に着られたり、気に病まれたりするのは迷惑だ」

「…………っ!!」

 いきなり先手を打たれて、かなでは二の句が継げなくなった。

「図星かよ」

 チッと東金が舌打ちする。

「期待はずれだったな……。他に用がないなら、帰るぞ」

 そう言って、本当に背中を向けて帰っていこうとする。あっけにとられるかなでを残し、迷いもためらいもない足取りで――。

「待ってください!」

 かなでは叫んだ。

 東金が振り向く。「まだ何か用でも?」と言いたげなその目を、かなでは遠慮がちに見返した。

「きのうは、あの……ヴァイオリン、一緒に弾いてくれて、ありがとうございました。すごく嬉しかったです」

「…………」

 東金が何か言おうとする。途中で話を遮られないようにと、かなでは早口で続けた。

「それで、あの……私、わかったんです。やっぱり私はヴァイオリンを弾くのが好きだって。何があっても、やめたりしたくないって……」

 そう、単純な話だ。

 たとえ音楽が楽しいだけのものでなくても、自分の演奏で、誰かを傷つけたり、憎まれたりすることがあっても。

かなでは音楽が、ヴァイオリンを弾くのが好きなのだ。

そもそも、この夏のコンクールに出場すると決めたのだって、多くのライバルたちと競い合うことで、自分の演奏が変われるかもしれないと思ったからだ。

オーケストラ部の選考会でメンバーの座を勝ち取り、地方大会では仙台の至誠館をはじめ、各地の代表校を下して全国大会への出場権を手に入れた。

遡れば、星奏への転校を決めたのだって、伸び悩んでいた自分の演奏を変えるため。

あの時にもう、かなでは選んでいたはずなのだ。

今更迷ったって仕方ない。やれるところまでやるだけだ。

東金や冥加のように確かな『音』を、自分も手に入れたいから。

「もうヴァイオリンを弾けないなんて言いません。1stヴァイオリンをやるのもあきらめません」

 話しているうちに、背筋がのびてきた。かなではまっすぐに東金の目を見つめ、高らかに宣言した。

「どこまでできるかわからないけど、それでも精一杯、がんばるつもりです」

東金は軽く眉をひそめた。

「だから何なんだよ。おまえは俺に決意表明を聞かせたかったのか?」

「………っ!」

 そっけないセリフに、かなでは青ざめかけた。――だが、東金の言葉には続きがあった。

「そういうことは如月にでも聞かせてやれ。俺はおまえの『つもり』なんてどうでもいい。実際のステージで、おまえがどんな演奏を聞かせるのか。興味があるのはそれだけだ」

 ぱちくり。

 かなではまばたきした。

 聞き間違い?

今、興味があるって言ったような――。

 だって、退屈でつまらないって、前は。

 かなでの表情から、考えていることを読んだのだろう。東金がにやりとする。

「言っとくが、今のレベルのままじゃお話にもならないぜ。ただ、おまえ、見た目より根性ありそうだしな。ひょっとしたら化けるんじゃないかって、今は少しだけ期待してる」

 ほんの少しだけな、と東金は付け加えた。

「…………」

 かなでは声もなく立ち尽くした。

 期待している――。

 東金の言葉が、耳の奥で鳴り響く。

 まるでファンファーレでも聞いたみたいに、気持ちがぱあっと明るくなるのがわかった。

 東金は小さく笑って見せると、

「そういうことだ。セミファイナルでは、せいぜい楽しませてくれよ。心から満足させろとまでは言わないが、わざわざ横浜に来た甲斐があった、って思えるくらいにはな」

そう言って、今度は振り返らずに、寮の中に戻っていってしまった。

「…………」

 1人残されたかなでは、もう1度、東金の言葉をかみしめた。

 期待している。

じわじわと、胸の奥からわいてくる想い。

――うまくなりたい。

今、振り返りもせずに行ってしまったあの人の足を止め、心を動かす演奏がしたい。きのうみたいなひどい演奏じゃなく、練習して練習して、磨き上げた演奏を――セミファイナルでは、きっと。

意識せず、唇を引き結び、かなでは決意した。

 鮮やかに咲く、真夏のひまわりみたいに、太陽だけを見つめて――。

 

「鮮やかに咲く、真夏のひまわりみたいに」・おわり 

 

 

(珍しく後書きのようなもの)

 

・花言葉とコルダ3

 

 ひまわりの花言葉って、『あなただけを見つめます』なんですね(他には『光輝』とか『熱愛』とか)。

 管理人はなぜか『あなたしか見えない』だと思い込んでいまして。今回、このお話を書くに当たって調べ直した際、自分の覚え間違いに気づきました。

 同じような意味なのに、ほんの少し言い回しが違うだけでかなり印象が変わるというか、前者は献身的、後者は情熱的で、仄かに独占欲の香りがします。

 皆さんのイメージするコルダのヒロインはどちらに近いでしょうか。

 

 それはともかく、花言葉っていうのも、調べてみると色々おもしろいです。

 例えばデンドロビウムの花言葉は『わがままな美人』『天性の華を持つ』。

 これを見た時、まるで東金のような花だなあ、と思いました(笑)。

 菩提樹寮の庭にはテッセンの花がありますが、こちらの花言葉は『高潔』。イメージ的に、至誠館の八木沢部長とかかな?

 他にもアザミ(花言葉は厳格、人間嫌い、独立など)は冥加、オシロイバナ(花言葉は内気、臆病、あなたを想うなど)は七海、とか、キャラのイメージにあう花は他にもありそうです。

 

 愛の告白に使えそうな花言葉も多く、それぞれ微妙にニュアンスが違っていて。

 

 バラは『あなたを愛しています』。

 ハナミズキは『私の想いを受け止めて』。

 スターチスは『永遠に変わらない心』。

 モモは『あなたに夢中』。

 

 もしもコルダの攻略キャラが、花を捧げてヒロインに告白するとしたら、誰にどの花が似合うだろう?

 ……とか、想像するのも楽しかったりします。




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