鮮やかに咲く、真夏のひまわりみたいに(1)

 

 ――それはまだ、かなでが『花』を追い求めていた頃のこと。

 

「『時分の花』……少年期特有の美しさのこと……姿も声も美しいが、それはその時だけのもので、本当の花ではない、か……」

 自室のベッドにうつぶせになり、図書室で借りてきた本を読み上げる。

 分厚い上に、難しい本だ。しかも字が細かくて読みにくい。かなでは本のページにうんと顔を近付けて文章を拾った。

「『秘すれば花』……誰も知らない秘技を持て……?って、そんなのあったら苦労してないよ……」

 深々と、ため息をひとつ。

「あとは、『住する所なきを、まず花と知るべし』……。うーん、難しいなあ……」

 ごろりと寝返りを打ち、仰向けになる。

と、その時、視線に気づいた。

隣人の支倉仁亜が、いつのまにか部屋の入口からこちらをのぞいている。

「ニア?いつからそこに居たの?」

 かなではベッドの上で身を起こした。

「ついさっきだよ」

ニアが近付いてくる。本の書名を一瞥(いちべつ)し、

「ほう、『世阿弥(ぜあみ)の芸能論』か。なかなか難しげな本を読んでいるじゃないか」

「うん、難しい……難しくてよくわかんない……」

「ちょっと貸してみろ」

 言われた通りに本を手渡す。ニアはぱらぱらとページをめくり、やがて軽く眉をひそめて、かなでを見下ろした。

「これは、また。内容も玄人(くろうと)向けだな。もっと易しいものも図書室にはあっただろう?それこそ、中高生向けの解説本のような」

「あったけど……それじゃ、ちゃんと勉強したことにならないかなって」

 かなではもごもごと言い訳した。

「無理に背伸びをしても意味はないだろうに」

「…………」

「ちなみに、『住する所なきを、まず花と知るべし』の意味は、芸術とは留まることなく変化し続けるものだ、といったところか。もっともな言葉ではあるが、今の君に役立つとも思えんな」

「…………」

 かなでは返す言葉もなく、うつむいた。

 ぎしっ、とベッドの軋む音。

見れば、ニアがかなでの隣りに腰を下ろしている。至近距離からこちらを見つめる、その目はおもしろそうに輝いている。

「君はまだ気にしているのか?神南の部長に言われたことを」

「…………」

 かなでは黙っていた。……が、事実はその通り。

 おまえの演奏には花がない。1stヴァイオリンの適性もない。

神南管弦楽部の部長・東金千秋にそう断言されてしまったのは、つい先日のこと。

 以来、かなでは考え続けていた。

『花』とは何なのか。どうすれば、それを手に入れることができるのか。

ちなみに『花』というのが、そもそも能の大家・世阿弥の言葉である、ということを教えてくれたのは、目の前に居るニアだ。

 かなでは『能』なんてよく知らない。歌舞伎との違いもよくわからないくらいだ。

 それでも、知らないことには始まらないと、にわか勉強に打ち込んでいたのであるが。

「小日向。君は今17歳だな」

 ふいにニアが言い出した。

「……?それが何?」

「世阿弥は自身の書の中で述べている。その時期こそ、芸道を志す者が、人生で最初の壁にぶつかる時だとね。自他共に才能を認められていた者が、己の力の限界に直面し、苦悩する。……まさに今の君のような話じゃないか?」

 かなではがばと身を起こし、ニアにつめよった。

「それで?そういう時はどうすればいいって、世阿弥さんは言ってるの?」

 勢い込むかなでに、ニアはあっさり答えを告げた。

「まあ、ごくごく簡単に言えば、あきらめずに稽古を続けるのが大事、ということだ」

 かなではがっくり肩を落とした。あまりにもっとも過ぎて、反論の余地もない。

「上達に近道などないさ。そのくらいのこと、君だって百も承知だろう?」

「……うん。わかってる」

かなでとて素人ではないのだ。『花』のことがわかったら、自分の演奏が劇的にレベルアップする、なんてありえない期待をしているわけじゃない。

「けど、知りたいの」

 かなではベッドの上で座り直し、ニアと相対した。

「東金さんに言われた時から……ううん、演奏を聞いた時から、かな?何かがずっと気になって……ひっかかってるの。もやもやして、苦しいっていうか。うまく言えないんだけど」

 ニアは大きな瞳で、じっとかなでを見つめた。それから急ににっこり笑ったかと思えば、

「そうか。それは恋じゃないのか?」

 いきなり、とんでもないことを言い出した。

「な」

「……とまあ、冗談は置いておくとして」

「…………っ!」

「全国大会まで、あと10日もないんだろう。そんな風に迷いを抱えたままでは、練習にも身が入らないんじゃないのか」

 痛いところを突かれた。

「……うん。律くんにも叱られた。集中力が足りないって。もっと身を入れて練習しろって」

 ケガのためにセミファイナルに出場できない律は、その分、メンバーの指導に熱を入れている。

律の言葉は正しい。確かに今は、脇目も振らず練習すべき時なのだ。

 だけど、このもやもやを解消しない限り、かなでが胸を張って1stヴァイオリンを務めることなどできそうにない。

 だからこそ、慣れない読書などしていたのだが――現実はニアの言う通り、全国大会まで、あと10日もないわけで。

まわりくどいことをしている暇はない。迷いを解くためには、結局のところ、その原因となった人物に答えを求めるしかない――。




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