平家の鬼子 二、逢魔(おうま)(とき)(かい) (3)

 

 話を聞いて、重衡は大いに喜んだ。

 あの知盛が、いつもはちっとも自分を構ってくれない兄が、今日は1日、一緒に過ごしてくれるらしい。

 理由はわからない。重盛は詳しいことを説明しなかった。なので、自分を逆さ吊りにした兄への罰だと、重衡は解釈することにした。

 重盛は帰り、今は2人きりで知盛の部屋に居る。

「これから何を致しましょうか、兄上?」

 うきうきしながら、重衡は兄の顔を見た。

落書きの痕はほぼ消えている。もともと薄めた墨で書いたのだ。後で落としやすいようにとそうしたのに、兄はわかってくれなかった。

「…………」

 知盛は無言で立ち上がり、部屋から出て行こうとした。

「どこへ行かれるのです!?兄上――」

「すぐ戻る」

 重衡はその言葉を怪しんだが、知盛は戻ってきた。

手に縄を持って。

「兄上!?

 やおら重衡を縛り上げ、部屋の隅に引きずっていく。

そこには着物を入れる葛篭(つづら)が置いてある。重衡が悪戯で中身を入れ替えたものだ。今は中の着物が出しっぱなしで、子供が1人入れるくらいの隙間が空いている。

 頭から葛篭に放り込まれて、重衡は必死で抗議の声を上げた。

「何をなさるのですか!私の面倒をみよと、重盛兄上に言われたではありませんか!」

「ふらふらと出歩かれては面倒だからな……。これで、どこにも行けまい」

「そんな!こんな所に閉じ込められたら、死んでしまいます!」

「……うるさいな。これもしておくか」

 無情にも、猿ぐつわを噛まされた。

「うー!うー!」

「おとなしくしていろ。俺は、昼寝の続きをする」

「うー!」

「あのな、言い忘れてたが……」

 部屋の外に、重盛の顔がのぞいた。今まさに、知盛が葛篭のふたを閉めようとした時だった。

「力づくで言うこと聞かせるのは禁止だぞ……って、遅かったか」

 肩を落としつつ、重盛は葛篭の中から重衡を助け出し、縄を解いてやった。

「知盛兄上は無茶苦茶です!」

 猿ぐつわを外されるや否や、重衡は叫んだ。

「いったい私のことを何だと思っているのですか!」

 知盛が何と答えるか、重盛には予想できた。止めるべきだと思ったが、知盛が口をひらく方が早かった。

「どうとも思っていない」

本心で言っているとしか思えない口調だった。一瞬、重衡が傷ついた顔をする。

「おまえに何かあったら、母上は泣かれるだろうがな……。俺は、おまえのことなど、別にどうでもいい」

「……っ!もうけっこうです!兄上など知りません!」

 重衡が部屋を飛び出していく。

 呼び止めようとして、やめた。知盛が後を追っていったからだ。一応、与えられた役目を果たすつもりはあるらしい。

 この作戦は失敗だったかもしれない――と早くも思いつつ、重盛は2人の背中を見送った。




第二話 逢魔が時の怪(4) に進む



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