平家の鬼子 二、逢魔(おうま)(とき)(かい) (2)

 

「おい、(とも)(もり)。居るか?話がある」

 重盛の呼びかけに、返事はない。

 構わず部屋の中に足を踏み入れると、知盛はこちらに背を向けて寝転んでいる。近付こうとして、足元で寝ていた白猫をうっかり踏みそうになった。

「おっと、悪い悪い」

 白猫はちらりと片目を開けただけだった。大の男に踏まれかけたというのに、落ち着いたものである。

「起きろ。寝てねえのはわかってるぞ」

 再度の呼びかけに、知盛が身を起こす。

 重盛は思わず吹き出した。

 知盛の右目の周りには墨で黒丸が描かれ、左の頬には猫ひげが書かれていた。いつものすました表情だから、余計に笑える。

 ツボに入った重盛は、床を叩いて笑い転げた。

 大人気(おとなげ)ない大人を見下ろす知盛の目は、冷たい。

重衡(しげひら)だろ。……けどおまえ、あれはちょっとやり過ぎだ。下手したら洒落にならないことになるだろが」

 悪戯の仕返しだろう。重衡を縄で縛り、逆さに木に吊るした。念の入ったことに、助けを呼べないよう、猿ぐつわまでして。

「目立つ場所に吊るしておきましたので、問題はないかと」

 知盛は平然と言ってのけた。

「万一、誰にも見つからなかったらどうするつもりだったんだ?」

 何を言っても、笑うだけ笑った後では説得力がない。

「しかも、そのまま寝るか。ふいてこい、その顔」

「面倒です」

「おまえなあ……」

 説教してやろうと口をひらきかけた重盛だったが、まともに顔を見ると、また吹き出してしまった。

「…………」

「悪い。とにかく、ふいてこい」

 知盛はようやく立ち上がった。

「ちゃんと戻ってこいよ。話があるからな」

 部屋を出て行く弟の背中に向かって、重盛は念を押した。

 ややあって、知盛は戻ってきた。とりあえず普通の顔になっている。

「実際のところ、やり過ぎはやり過ぎだ。もうちょっと加減してやれって」

 知盛は返事をしなかった。代わりに、すたすたと部屋の隅に歩いていくと、そこにあった()(づら)のふたを取り、中の着物を取り出して見せる。

全て女物だった。淡い(くれない)や桃色、可愛らしい花模様。

「今朝起きたら、こうなっておりました」

「あー……。それも重衡か?」

 寝ぼけた知盛がうっかり着てしまったら、おもしろいとでも思ったのかもしれない。

「そちらの葛籠には、蛇が入っておりました」

「生きたやつか?」

「はい。寝床の中には、蛙が」

「……その蛇と蛙、どうした?」

重盛に問われて、知盛は白猫を見下ろした。

沙羅(さら)がどこかに持っていきましたが……」

 重盛はぽりぽりと頭をかいた。

「……食ったのか、おまえ」

 白猫はにゃあと鳴いた。

「まあ、なんだ。重衡の奴も、やり過ぎって言えば確かにやり過ぎだが……」

「…………」

「おまえ、兄貴だろ。もうちょっと、あいつのこと構ってやれって」

 知盛はやや険のある目付きをした。

 まあ、無理もない。もともと重衡には人を驚かせるような悪戯を好むところがあったが、ここ最近は度を越している。しかも、悪戯の相手は、決まって知盛だ。

 なぜそんなことをするのか――重盛にはなんとなくわかる。

 重衡には魅力がある。飛び抜けて美しい容姿に加えて、人の心を引く才にも恵まれている。

子供らしく素直で、無邪気で、頭の回転が早く、たまに大人びた顔も見せる重衡に、身内はもちろん、世話役の女房も武士たちも参ってしまう。()母子(のとご)(もり)(なが)など、重衡に心酔している始末。

 だがその魅力も、知盛には通じない。

 通じないからこそ、気になるのだろう。このところの重衡は、兄の気を引きたくて引きたくて仕方がないように見える。

 弟らしく甘えたり頼ったり、逆に拗ねて見せたりしても全く効果がないため、今のところは、怒らせるしか手がないのだろう。

「おまえがもうちょっと構ってやれば、あいつも変わるって」

 聞いているのかいないのか、知盛は白猫を膝に乗せて構いながら、たまに目だけでこっちを見ている。

 白猫は親愛のしるしに、優美な長い尾を知盛の腕に絡ませる。

 知盛は白猫の首をかいてやる。その表情は、柔らかい。

「そういう顔で重衡と付き合ってやってればな……」

重盛は深々と嘆息した。

「何かおっしゃいましたか、兄上」

「あいつのためだけに言ってるんじゃねえんだよ。俺はむしろ、おまえの方が心配だ」

「は?」

「人間てのは、あれだ。退屈過ぎると、死ぬこともあるんだってな」

「何のお話でしょうか」

 知盛が怪訝そうな顔をする。

「いいから、聞け」

と重盛は手を振った。

実際、重衡のことはさして心配あるまいと思う。両親や兄姉に可愛がられ――知盛は除くとしても――のびやかに、まっすぐに育っている。悪戯も成長と共におさまるだろう。

問題があるのは、やはり知盛の方だ。

先日の宴で客の目を釘付けにしたように、知盛は何をやらせても秀でた才能を示す。

にも関わらず、何をやらせても楽しそうではない。いつも退屈そうで、暇さえあればごろごろしている。

無気力というのか、無関心というのか。まるで、何もかもどうでもいいと言っているように。

 わずか12歳の子供が、だ。それが問題でないはずがない。

「おまえさ、なんかやりたいこととかないのか?」

 唐突な問いに、知盛が眉をひそめる。

 重盛は構わず問いを重ねた。

「太刀は好きか?」

「……相手によりますが」

「強い奴と戦ってみたいか?だったら、俺の所の武士で、腕の立つ奴と稽古させてやろうか」

 知盛はあっさり首を横に振った。

「手加減してくる相手は、おもしろくありません」

「あー、そっか……」

 手加減と言っても、知盛が弱いからではない。相手が重盛の弟では、万一ケガでもさせては――と誰でも慎重になる。

「重盛兄上となら、太刀を合わせてみとうございますが」

「なんだ、そうか?暇な時でよけりゃ、相手してやるぞ」

 知盛の目が光った。

「二言はありませんね?」

 なんとなく引っかかる目付きだ。

 待てよ、と重盛は思った。こいつ今、「太刀を合わせる」って言ったか?

「使うのは()太刀(だち)だぞ」

 そう言うと、知盛はあからさまに興味の失せた顔をした。

「馬鹿、真剣でなんかやれるかっての。俺を殺す気か?」

「重盛兄上ならば、簡単には死にませんでしょう」

 まるで勝てると思っているような口ぶりだ。だったら試してやろうかと言いそうになって、それが挑発であることに気づく。

「だめなもんはだめだ。真剣ではやらない」

「…………」

 知盛はふいとそっぽを向いた。完全に、会話に興味をなくした証拠だ。

「あのなあ、知盛……」

 重盛は頭を抱えたくなった。

どうしてこいつは、こう極端なのか。何事にも関心がないかと思えば、いきなり無茶を言い出す。

いや。

多分、どちらも原因の部分は同じなのだ。

こいつはどうでもいいと思っている。何もかも――自分のことさえ。

他者に無関心な人間というのは、普通、もう少し自愛の強い傾向があるものだが、知盛の場合は違うのだろう。

先日の事件がいい例だ。名のある貴族が集まる宴で、あんな騒ぎを起こせば、後で問題になることはわかっていたろうに。

こいつは、それでもいいと――仮に何がしかの罰を受けることになったとしても構わないと、そう思っていたはずだ。

知盛の生き方を見ていると、重盛は危なっかしくて仕方ない。

いつか、あっさりと生きることに見切りをつけてしまいそうで、死ぬことすら簡単に受け入れてしまいそうで――。

「重盛兄上は」

 知盛が口をひらいた。

「俺に、どうしろと?」

 臆することなくこちらを見上げてくる、その目はかすかな怒りと苛立(いらだ)ちを(たた)えている。

 知盛が何に苛立っているのか。重盛は考えてみた。

単に、余計なおせっかいと不愉快に感じているだけか。あるいはこいつにも、多少の悩みなり葛藤なりは存在するのだろうか。

「俺がこうしろって言ったら、その通りにするのか?」

「……重盛兄上のご命令とあらば」

と知盛は言った。

まるで尊敬のこもっていない口調だったが、まあそれはいい。

「よし、わかった」

 重盛は手を打った。

 とはいえ、どうするか。ただ生き方を変えろ、と口で言ってもだめだろう。何かいい考えは――。

 その時、重盛の頭に浮かんだのは、最前から話題になっている重衡の顔だった。

「とりあえず、弟の面倒をちゃんと見ろ」

 人を変えるきっかけは、案外、人との関わりの中に転がっている。たまにはまともに弟の相手をするのも、無駄にはならないはずだ。

 知盛は、整った容貌に可能な限り、げんなりした表情を浮かべた。

「ずっと、とは言わねえよ。今日1日だ」

「1日?」

 その言葉は予想外だったらしい。知盛は軽く目を見開いて、こちらを見上げてきた。

「そうだ。重衡に構ってやれ。目を離すなよ。あいつに何かあったらだめだからな。その時は、無期限にする」

 知盛は考え込むような表情を浮かべた。

「どうした?わかったのか」

「わかりました」

 ややあって、知盛はうなずいた。

「つまり、今日1日、あれが死ななければいいのですね」

 重盛はめまいを覚えた。

「……何をどうわかったらそうなるんだよ。これから重衡にも言ってくるからな。ちゃんとやれよ」

「承知致しました、重盛兄上」

 素直な返事にむしろ不安を覚えつつ、重盛は弟を探しに向かった。




第二話 逢魔が時の怪(3) に進む



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