平家(へいけ)鬼子(おにご) 一、(わらし)(まい) (5)


 数日後。

 重盛は1人、馬を走らせていた。

 向かう先は、京の西にある嵐山。かつて平家に仕え、今も親交のある老僧の(いおり)だ。

「ようこそいらっしゃいました、重盛様」

重盛の訪れを、老僧は温かく迎え入れてくれた。

 互いに挨拶の言葉を交わした後で、重盛は尋ねた。

「あいつ、どうしてます?」

 あいつとは知盛のことである。宴の席で叔父を殴り倒し、止めに入った(なり)(ちか)西光(さいこう)もついでに血祭りに上げた一件で、知盛は謹慎を命じられた。

「心静かに過ごしておられます」

と老僧は答えた。

「少しは反省してるようですかね?」

「それはもう。己の行いを深く悔いていらっしゃる様子で」

「……本当に?」

 訝る重盛に、老僧は穏やかにほほえんで見せた。

「どうぞこちらに。ご案内致します」

 連れて行かれたのは、知盛が寝起きしているという奥の間だった。

「では、ごゆっくり」

と言って、老僧は廊下を引き返していく。

 重盛は部屋の中をのぞいてみた。目に入ったのは、両腕を投げ出して床にひっくり返っている知盛の姿だった。

「……深く反省してるって態度じゃねえな」

「退屈です」

 床からこちらを見上げて、知盛は言った。

「毎日、念仏ばかりです」

 写経でもさせられていたのか、部屋の隅に置かれた文机(ふづくえ)の上には、(すずり)と筆が出しっ放しになっている。

 大方、あの老僧もこいつを持て余しているのだろう、と重盛は思った。一門への義理で預りはしたものの、本心では一刻も早く引き取ってもらいたいに違いない。

「大の男3人、素手でボコボコにしたって?」

そう言いながら、重盛は弟の横に腰を下ろした。

「惜しいもん見逃しちまったぜ、まったく」

 重盛が知らせを聞いて駆けつけた時には、全てが終わった後だった。

宴席は見るも無残な有様で、酒や料理が散らばり、血しぶきが床に散っていた。

 氷のような笑みを浮かべて(より)(もり)らを殴り続ける知盛に、誰も迂闊には手が出せなかったそうだ。

 唯一、知盛を止められたはずの人間――清盛は、むしろ手を叩いて喜んでいたらしい。

「おもしろい座興ではないか。好きにさせておけ」

と言って。

(あの馬鹿親父が)

 自分が宴席を離れなければ、状況は違ったはずだ。そう思うと、重盛は舌打ちしたい気分だった。

それでも、兄上を止めて下さいと重衡(しげひら)に懇願され、(つね)(もり)忠度(ただのり)らに諭されて、清盛もようやく重い腰を上げた。

 何をしたわけでもない。ただ一言、

「やめよ、知盛」

と言っただけだ。それだけで、知盛はあっさりと頼盛らから手を放した。

 事情を尋ねられても、「叔父上に稽古をつけていただいた」と繰り返すばかり。さすがに無罪放免ともいかなかったらしく、とりあえず無期謹慎ということになった。

 あの日以来、重盛は事後処理に追われていた。知盛と顔を合わせるのも、これが初めてだ。

「……で?何言われたんだ、頼盛殿に」

 さりげなさを装って、重盛は話を切り出した。

「別に、何も」

と知盛は答えた。

「…………」

 重盛はじっと弟の顔を見つめた。

実のところ――事情は知っている。

 頼盛とて、酒が抜ければ分別ある大人だ。心無いことを言ったという自覚が、ないわけでもないのだろう。

だからこそ、自ら事情を打ち明けた。ただし、その相手は清盛でも重盛でもなく、弟の忠度(ただのり)だった。

 重盛と頼盛は、甥と叔父という間柄だが、年は近い。仲の悪い清盛の嫡男ということで、あちらには対抗意識もあるらしく、重盛相手にはけして弱味を見せてこない。

 ゆえに忠度を間に立て、事の次第を伝えてきたのだ。

「……まあな。気持ちはわからなくもねえけど」

 重盛は頭をかいた。

「むしろ無理もないっつーか、よくやったっつーか」

「何のお話でしょうか、兄上」

 知盛は表情を変えない。あくまで退屈そうに寝そべっているだけだ。

こいつは認めないだろう。仮に、この場だけの話だと、母上の耳にはけして入れないと言ってやったとしても。

そういう奴だと、重盛は知っている。

「ま、いいさ。……喜べ。退屈な時間は終わりだ」

「?」

「謹慎はもういい。帰るぞ」

「よいのですか」

 少しだけ意外そうな顔をする知盛に、

「ああ。父上がそう言ったんだから、いいんだろ」

と重盛は答えた。

 清盛には、重盛の口から事情を伝えてある。

 ただし、具体的に、頼盛が何と言ったかについてはごまかした。

 そのまま伝えようものなら、素手でぼこる程度ですむはずがない。頼盛を斬ると言い出しかねないからだ。

――あいつの髪のことで、くだらないこと言ったのさ。

 その言葉だけで、およそ察したのだろう。清盛は、知盛を呼び戻せと言った。お咎めはなしだ。

 時子も察しているようだった。……もしかしたら、真実に近いところまで。

 そもそも、髪の色を揶揄された程度でぶち切れる知盛でないことは、2人とも知っている。

 老僧に挨拶をして庵を出たところで、知盛が足を止めた。昼の陽射しにまぶしそうに目を細めながら、猫のようにのびをする。

「ほら、乗れよ。早く帰らないと日が暮れちまう」

 重盛は先に馬に乗って、手招きした。

 知盛が眉をひそめた。

「兄上と2人で、ですか……」

「なんで不満そうなんだよ。おまえの乗る馬なんて連れてきてねえぞ」

「…………」

「文句言うなら、馬の後ろにつないで帰るぞ」

 あきらめたように、知盛が近付いてきた。

手を引いて乗せてやる。

 細い腕だった。

小さな体だ。

「あんまり無茶すんなよ」

 馬の腹を蹴って走らせながら、重盛は弟の背中に声をかけた。

「……何が?」

前を向いたまま、知盛が聞き返してくる。

「何が、じゃねえだろ。心配させんな、ってこと。おまえ、まだガキなんだからな」

「……気をつけます」

わかってねえなと重盛は思う。

 こいつにも1度じっくり話をしてやらねばなるまい。

 色々と性格に問題はあっても、血のつながった弟――家族、なのだから。

 そっと後ろから銀髪をなでてやると、無言でその手を押しのけられた。

 ――可愛くない奴。

 重盛は胸中で嘆息した。




第二話 逢魔が時の怪(1) に進む



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