平家(へいけ)鬼子(おにご) 一、(わらし)(まい) (4)


 舞台を下りた(とも)(もり)は、宴席の父のもとに呼ばれた。

「見事な舞であったぞ、知盛」

「……恐縮でございます、父上」

「うむ、見事見事」

 父は上機嫌で繰り返す。

平清盛(たいらのきよもり)。平家一門の棟梁。

 年齢は50を過ぎたところだ。数年前に出家して朝廷の要職から退き、以来、入道(にゅうどう)相国(しょうこく)とも呼ばれる。

 身にまとう僧衣は、金糸銀糸をあしらった極めて高価な物。けして大柄な体格ではないが、周囲を圧倒する存在感があり、その鋭い眼光は見る者を射すくめる。

もっとも今は、だいぶ酔いが回っているようだ。顔が赤い。

義兄上(あにうえ)の仰る通りでございますな」

父の横から、叔父の(とき)(ただ)が現れた。年齢は清盛より十ばかり下。こちらもまた、高価な着物をその身にまとい、痩せて尖った顔立ちを酔いで赤く染めている。清盛の盃に酒を注ぎ足しながら、やや()(れつ)の怪しい口調で、

(これ)(もり)殿(どの)が光る君なら、(とうの)中将(ちゅうじょう)もかくや、という舞でございましたな」

「うむ、よう言うた。(まこと)(いにしえ)(うん)上人(じょうびと)の如きであったな」

 酔った2人は、意味もなく声を上げて笑っている。

 隙を見て、知盛は席を立った。

 面倒な役目は果たした。もとの昼寝場所に戻るつもりだった。

「知盛」

 この衣装も暑苦しい。さっさと着替えたかった。

「知盛、こちらに来い」

あと少しで廊下に出る――というところで、大柄な影が目の前に立ち塞がった。

 従兄(いとこ)(みち)(もり)だった。がっしりとした背の高い若者で、亜麻色の着物を、かなり窮屈そうに着ている。

「知盛殿、(より)(もり)叔父上が呼んでおられるぞ」

 知っている。聞こえぬフリをしていただけだ。空気を読めない通盛は、知盛の白い視線にも気づかなかった。

「そら、あちらにおられる」

 仕方なく、知盛はきびすを返す。

 頼盛は、宴席のかなり隅の方で飲んでいた。

 父・清盛の腹違いの弟。40の坂を迎えたところだが、実年齢よりだいぶ下に見える。

 細面(ほそおもて)の端正な顔立ちもさることながら、無駄のない引き締まった体格が若さを感じさせるのだろう。十数年前に起きた内乱の折には、自ら太刀を取り、兵を率いて戦ったと聞く。

 また、成り上がりの平家一門では珍しく、洗練された気品が、居住まいからも感じられる。

共に酒を酌み交わすのは、藤原(ふじわらの)(なり)(ちか)西光(さいこう)法師(ほうし)治天(ちてん)(きみ)後白河院(ごしらかわいん)の近臣であり、頼盛とは旧知の仲だ。

「お呼びでございましょうか、叔父上」

 知盛は3人の前に膝をついた。

「見事な舞であったな」

 頼盛が言う。先程、清盛にも同じことを言われたが、頼盛の口ぶりは父と違って、どこか揶揄(やゆ)するような響きを含んでいた。

(これ)(もり)殿はともかく……おまえがあれほど舞えるとは」

「恐縮でございます」

と知盛は頭を下げた。

 頼盛が小さく鼻を鳴らす。

「フン……。人前で目立つのが好きなのは、さすが兄上の血筋か」

 知盛は顔を上げ、頼盛を見た。

 どんよりと濁った、焦点の定まらない瞳。かなり酔いが回っている証拠だ。

こういう時の頼盛は面倒だった。

異母兄である清盛との不仲から、一門の中でもやや孤立した存在。

自尊心の強い男ゆえ、日頃は不満も愚痴も口にしないが、酔った時だけは別だ。

「藤原殿は、いたく感じ入ったようであったぞ」

 先程からこちらに話しかけたくて仕方ないという顔をしていた藤原成親は、頼盛の言葉に、これ幸いと膝を乗り出してきた。

「真に、よいものを見せていただきました」

丸い顎と垂れた目尻。また、女性と見まがうほどに色が白い。

頼盛と同年代だが、こちらはだいぶ余計な肉がついている。基本的に体を動かす必要のない、京の貴族の見本のような姿だ。

「何と申しますか……言葉になりませぬ。維盛殿の舞も実に美しかったが、知盛殿の舞は、その、艶めいているというか、どこか怪しげでさえあって、見る者を惹きつける――」

「それは、どうも」

 知盛はぞんざいに答えた。

「後日、私の邸でも花見の宴をひらきますゆえ、その時は是非、舞っていただけませぬか」

「はあ」

「知盛。お答えせぬか」

 頼盛が口を挟む。

「……私1人では決められませぬゆえ。重盛兄上が行ってもよいと申されたら、参ります」

 義弟の名を聞いて、成親は唐突に夢から覚めたような顔をした。

「は、はは。さようでございますな。失礼致しました」

 ぎこちなく笑みを浮かべて引き下がる。

 次に口をひらいたのは西光法師だった。

「舞も見事でありましたが……。知盛殿は、太刀の腕も相当なものと聞き及びます。大の大人を一瞬で斬り伏せるとか?」

 薄い唇をかすかに歪めて、笑みらしきものを浮かべる。

痩せて頬骨の浮き出した顔は、死人のように青白い。

 年はいくつだったか。まだ老人ではないはずだが、その声は不自然にかすれている。

「太刀の腕と申せば、やはりご血筋ですかな。かの平治の乱の折には、頼盛殿もまた、大変なご活躍だったと聞き及びますが……」

西光の言葉に、頼盛は軽くかぶりを振った。

「昔の話だ。今はもう太刀を振るうような年ではない」

「いやいや、さようなことはありますまい。ひとつ、甥御殿に稽古をつけて差し上げてはいかがかな」

「ははは、どうする、知盛」

「……ご容赦ください、叔父上」

 退屈な会話に内心うんざりしながら、知盛は適当に返事をした。

 ちょうどその時、楽の音が変わった。舞台の上に、美しい舞姫たちが姿を現している。

 頼盛の目がそちらに移る。すかさず知盛は言った。

「もう行ってもよろしいでしょうか、叔父上」

 頼盛は虫でも追い払うように手を振った。

「好きにせよ」

 去っていく知盛の背中に、成親がため息を漏らす。

「まるで……異国の彫像のようでございますね。生きて動いているということが信じ難い……」

「だが、あの髪の色はいかんな」

 舞姫たちの姿に目を奪われながら、頼盛は上の空で言った。

「我が一門にふさわしくない。あれではまるで――」

「かの鬼の一族……でございますか」

 西光が相槌を打つ。頼盛は軽くうなずいて、盃を一口(あお)った。

「あれの母親――時子殿は、戯れに鬼とでも通じられたのではないか」

「はは。さようなお言葉が、清盛公のお耳に入りでもしたら一大事でしょうに」

 1度は立ち去りかけた足音が止まり、引き返してくる。頼盛も西光も気づかなかった。

「ふん、耳に入ったところで構うものか。そもそも、兄上の血筋自体――」

 頼盛の言葉が途切れた。

 ゴッ……と鈍い音がして、小さな拳が、頼盛の顔面を打ち据える。

 頼盛は悲鳴も上げずに蹴鞠のように弾み、宴席の隅まで転がっていった。

辺りが静まり返る。宴席の人々が、凍りついたように立ちすくむ。

倒れて動かない頼盛の前に、知盛が立っていた。うっすらと笑っている。

「先程は失礼致しました、叔父上。ひとつ、この知盛めに稽古をつけていただけますか」




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