平家の鬼子 〜空木の章〜

 

第八話 死者の忠告(2)

 

――今のは何だ。夢でも見ていたのか?

重盛は自分の頬を軽く叩いてみた。

何度も目をこすり、たった今まで祖父が立っていたはずの場所を凝視する。

義父上(ちちうえ)……」

 行盛に呼ばれてハッとする。

「いったい何があった?」

 重盛は2人を見た。

「今のが、忠盛公なのですか?」

 知盛は答えではなく、質問を返してきた。そんなはずはないだろう、と言いたげな目つきをしている。

「いや、じいさんはとっくに――」

 死んでいるはずだ。こんな所に居るわけがない。……まあ、死者も化けて出る世の中である。ありえない話ではないが……。

「おまえら、話したのか?じいさん――今、ここに居た人と――」

 2人はうなずいた。

「どんな人だった?」

 顔を見合わせる2人。行盛は少し考えて、「優しい人だった」と答え、知盛は「ふざけた(やから)でした」と答えた。

「自分がこの世に留まっているのは、恨みや無念のためではない、女に未練があったからだ、とか言っていましたが」

「あー、それは……。なんつーか、いかにもじいさんっぽいな……」

 重盛は頭をかいた。

 とはいえ、祖父が亡くなったのは二十年近く前だ。仮に本物だったとして、いったいどういうつもりで自分の前に現れたのか。

(……忠告?)

 重盛は眉根を寄せて考え込んだ。

「義父上?」

 行盛が心配そうに見上げてくる。重盛はふっと肩の力を抜いた。

「ここで悩んでてもしょうがねえか。それより――」

 行盛の顔を見下ろし、

「みんな心配してたぞ。なんでこんな夜中に、こんな所に来た?」

「……ごめんなさい」

 行盛は下を向いてしまった。

素直に反省している姿を見ると、厳しく叱るのもかわいそうになった。行盛に限って、何の理由もなく親に心配かけるわけがないのだ。知盛ならともかく。

「そういやおまえは、なんでここに居るんだ?」

 行盛が笛の音に誘われて行くのを見た――とか何とか言っていたが、そもそも子供1人で出歩くような時刻ではない。

 知盛は「散歩です」と短く答えた。

「……こんな夜中にか?」

「退屈しておりましたので」

 知盛はしれっとしている。反省の色は微塵もない。

「おまえな――」

「待って、義父上」

行盛が着物のそでを引っ張ってくる。

「知盛殿は悪くない。僕のことを助けようとしたんだよ」

「はあ?」

 説教しようと口をひらきかけた姿勢のまま、重盛は固まった。

「……は?」

 当の知盛まで、怪訝な顔で行盛を見ている。

 行盛は夢中でしゃべり出す。

「僕が1人で抜け出したりしたから……。あの人に隠れて会ってたから……それで……」

 待て待てと重盛は話を止めた。

「何のことだかわからねえぞ。ちゃんと最初から話せ」

 行盛はこっくりうなずいて、話し始めた。

 ――事の始まりは、10日ほど前にさかのぼるらしい。

 お父さん、お母さんに会わせてあげるよ、と。

 親のない子供に声をかけて回る、怪しい人物の噂。重盛が数日前に部下から聞いた話を、行盛はずっと前に知っていたと聞いて驚く。いったい誰から聞いたのかと思えば、小松殿に出入りする下働きの少年からだという。

 その少年もまた、早くに親を亡くした子供だった。人買いか物の怪かもしれないと噂を怪しみつつ、ちょっとだけ会ってみたい気がする、と笑って話していたそうだ。

 彼は冗談のつもりだったのかもしれない。しかし行盛は、その言葉に、心を動かされた。自分もその人物に会ってみたい。そしてできることなら、死んだ父親――(もと)(もり)のことを知りたいと思った

 その夜、行盛は、1人で邸を抜け出した。怪しい人物が出没するという五条河原を目指して。

重盛はあっけにとられた。このおとなしい行盛に、そんな無謀さがひそんでいたとは――想像もしなかった。

五条河原にやってきた行盛が出会ったのは、月夜で笛を奏でる貴族の男だった。男は、年端もいかない行盛が夜中に出歩いているのを見て驚き、家に帰るようにと諭したらしい。

そして行盛を小松殿の入口まで送り届け、名前も言わずに去っていった。

お礼を言うべきだったと気づいたのはその後だ。

 今夜、再び同じ笛の音を聞いた行盛は、男に会うため、邸を抜け出した――。それを目撃した知盛が、男を怪しみ、太刀を抜いて割って入った、ということだったらしい。

「…………」

 全て聞き終えた重盛は、ぽりぽりと自分の頭をかいた。小さく嘆息して、口をひらく。

「……基盛のこと、知りたかったのか?」

 行盛はためらいながらもこっくりする。

「俺が……いつも痛そうな顔するから、聞けなかった、か」

 参ったな、と重盛は思った。こんな幼い子供に気を遣わせていたとは、我ながら情けない。

「ごめんなさい、義父上……」

 行盛は今にも泣き出しそうな顔をしている。

「馬鹿、おまえが謝ることじゃねえよ。こっちこそ、気がついてやれなくてごめんな」

 そっと行盛の頭をなでる。

 確かに、基盛の死は自分の中で、今も消えない傷になっている。

 あまりにも突然の事故だったからだ。今朝まで普通に減らず口を叩いていた奴が、夜には冷たくなっているなどと――いったい誰が想像するだろう?

 武芸の腕はそこそこ。頭の出来も人並み。そのくせ調子だけはよく、面倒なことはこっちに押し付けてきた。

 出来のいい長男が居るから、俺は気楽にやらせてもらうとよく言っていた。

 ……そう言って、長男の重盛を立て、自分は支える側に回ってくれていたのだ。

 母が亡くなった後、父の後妻である時子になかなか子ができなかったため、家族4人の暮らしが長かった。その中で最年少の基盛は、自然、空気の調整役のような立場になっていたと思う。

 見えないところで、いつも助けられていた。あいつが居たから、重盛は重盛で居られた。

 そんなことに気づいたのも、全部、居なくなってからだ。

 もしも、もう1度会うことが叶うなら、言ってやりたいことが山ほどあるのに。

そんな思いが、後悔が、顔に出ていたのか。

行盛にはかわいそうなことをした。

この小松殿で、今の家族の中で、行盛が幸せに暮らしているように見えたから。実の父親を亡くしたというつらい事実は、思い出させない方がいいのかと思っていた――。

「今度ゆっくり話そうな。おまえの父上のこと」

 重盛は赤毛の頭をなでながら言った。

「おまえが覚えていてくれたら、あいつも喜ぶさ」

行盛がうんうんとうなずく。その目に、涙が光っている。

「まずは帰るか。みんな心配してるだろうしな」

 うん、と行盛はもう1度うなずいた。

「おい、行くぞ」

 知盛を呼ぶ。

「……待ちくたびれました」

立ち上がる知盛。話が長くなると見るや、そこらに生えていた草で、白猫をかまって遊んでいたのだ。

こいつをどうしたものかな、と重盛は思った。叱るべきか、ほめるべきか。

 自分を助けようとした――と行盛は言うが、正体不明の男にいきなり太刀を向けるというのは、かなりの無茶である。邸に戻り、助けを呼ぶとか、他にも方法はあったのではないかという気がする。……だが、悠長にしていたら、行盛が「怪しい男」に連れ去られていた可能性もまたあったわけで。

「……何か」

とこちらを見上げる知盛。

 叱るべきか、ほめるべきか。結局、重盛は判断を保留した。

2人を連れて来た道を引き返しながら、そういえば、と思い出す。

武士たちはどうしたのだろうか。姿の見えない行盛を探すため、自分より先に小松殿の庭に散っていったはずだが。

ここに来るまで、全く行き会うこともなかったのは、考えてみれば妙な話だ。

……あいつら、どうしたんだろうな」

 ふと漏らしたつぶやきは独り言だったのだが、「あいつら?」と知盛が聞き返してきた。

 重盛が武士たちのことを説明すると、「結界でしょう」と事もなげに言った。

「沙羅が申しておりました。あの怨霊――いえ、祖父殿が消えた時、結界も消えたようだと」

「あ?その猫が何だって?」

 知盛は自分の足もとを歩いている白猫とちらりと視線を交わし、「おそらくは他者を迷わせ、近付くことを阻む結界……、兄上がやってこられたのは、血縁に導かれたからではないか、と」

 何を言っているのかわからない。

 結界? この小松殿の庭に?

 それが本当だとして、なぜ白猫にそんなことがわかるのか、それ以前にそいつは何者だ、なぜ知盛には白猫の言うことが理解できるのか。

 さまざまな疑問が同時に頭をよぎったが、口に出したのはひとつ。

「結局、あいつらはどこ行ったんだよ?」

 今、気がかりなのは、武士たちの行方だ。

 知盛はさあ、と肩をすくめた。

「結界が解けた以上、そのうち現れるのでは?」

 何ともいいかげんな答えである。

 しかし、その言葉を裏付けるように、小松殿に帰る途中の道で、先に行ったはずの部下たちと次々合流することができた。

「殿!ご無事でございましたか」

 彼らは重盛らの無事を喜び、なぜか道に迷ってしまったのだと口々に言った。

 申し訳ございません、面目次第もない、と頭を下げる武士たち。だが、彼らが悪いわけではない。むしろ無事でよかったと言うべきだろう。

「全員居るか?」

 重盛は集まった武士たちの顔を見回し、すぐに1人足りないことに気づいた。

 貞能が、あの生真面目で忠義者の男が居ない。

 1人の武士が手を上げた。

「貞能殿は、何か様子がおかしい、助けを呼びに行くとお戻りになられました」

「なんだ、そういうことか」

 重盛はホッとした。ならば、このまま邸に行けば会えるだろう。

 武士たちを引き連れ、邸に向かう。

 間もなく、小松殿の明かりが行く手に見えてきた。

邸を囲む、かがり火明かり――。

いや、それにしては数が多い。何やら、妙に騒がしいようでもあるが……。




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