平家の鬼子 〜空木の章〜

 

第八話 死者の忠告(1)

 

「行盛!」

 重盛は叫んだ。

行盛がこっちを見る。驚いたような、何が起こったのかわからないような顔で――。

「だいじょうぶか?」

駆け寄りながら声をかけると、その顔がくしゃっと歪んだ。

「ごめんなさい、義父上(ちちうえ)……」

「話は後だ。それより――」

暗い小松殿の森。降りそそぐ月光。

そこに居るのは知盛と、そして、見知らぬ貴族の男が1人。

見知らぬ?いや、どこかで――。

「やれやれ、随分遅かったな」

 嘆息と共に口をひらいたのは、その貴族の男だった。

「おかげで月が陰ってしまった。ゆっくり話す時間がなくなってしまったよ」

 重盛は頭上を振り仰いだ。男の言葉通り、夜空を照らす月に、雲がかかっている。間もなく完全に覆い隠してしまうだろう。いや、そんなことより、

「あんた、誰だ?」

 重盛は言った。

「おまえら、ここで何してた?」

 行盛と知盛、2人の顔を見比べる。

「別に、何も」

 知盛が肩をすくめる。

「ただ、行盛殿が、ふらふらと笛の音に誘われて行くのを見たもので」

「笛の音、だと?」

 そういえば――前に、部下の斉藤実盛が言っていなかったか?

 身寄りのない子供が姿を消したのとちょうど同じ頃、五条河原で、怪しい貴族の男が目撃されていたと。

「まさか……」

 あらためて目の前の男を見やる。

「私は人さらいではないよ」

男が言う。のんびりと、緊張感のない声で、

「だが、気をつけなさい。あの噂は、単なるでまかせではない。親のない子供を狙う何者かが、確かにこの京に居るのだ。いずれ、おまえも相対することになるだろうが――」

ふわりと衣のすそを翻し、近付いてくる。あまりに自然、かつ敵意のない動作に、重盛の反応も遅れた。

男の手がのび、重盛の頭にふれる。

「な……」

 くしゃっと前髪をかき回されて、重盛はあっけにとられた。大の男の頭を、まるで小さな子供にするように――。

 瞬間、幼い日の記憶がよみがえる。

 弟と2人、濡れ縁に座って、冷たい瓜を頬張った日のこと。あの瓜をくれたのは、

「……じいさん?」

 重盛は呆然と、目の前にある男の顔を見つめた。

「おまえと話せなかったのは残念だよ」

 祖父が――忠盛が言う。あの日のように優しく、ほほえみながら。

月の光が少しずつ陰って、辺りが暗くなり始めている。それにつれ、祖父の姿もまた、ゆっくりと薄れていく。

「忠告は忘れないようにね。ああ、それから、清盛に会ったら――」

 月が陰る。

 ふっと祖父の姿が消え、苦笑交じりの声だけが残された。

「あまり無理をしないようにと。まあ、聞き入れはしないだろうがね」

 沈黙が落ち、辺りが闇に閉ざされた。




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