平家の鬼子 〜空木の章〜

 

第七話 (ゆき)(もり)の秘密(4)

 

「ほととぎす、()()(とよ)もす、卯の花の、共にや()しと、問わましものを……」

 男が(うた)う。手にした空木の小枝を、軽く頭上にかざして。

 万葉集だと行盛は思った。死んでしまった、愛しい人(とむら)に詠まれた歌――。

「何のつもりだ」

 知盛が繰り返す。

 男を見すえる瞳は、刃のように冷たく、鋭い。

 行盛は背筋がぞわっとした。

今の知盛は素手だ。なのに、さっき小太刀を構えていた時より怖い気がするのはどうしてなのだろう。

「人は不思議だね」

 男は全然怖がっていない。むしろ楽しげに、

「同じ美しい花を見て、時に()で、時に憂鬱になる。ある者は季節の移ろいを感じ、またある者は、失った愛する者を思い出す。……花は何も変わっていないというのに」

「…………」

 知盛は黙って男の言葉を聞いていたが、やがて小太刀の柄に手をのばした。

 静かに殺気立つ知盛の姿に、男はうっとりと嘆息した。

「そういう目付きをすると、いっそうあの人に似ているなあ。血がつながっているのだから当然と言えるが――」

「黙れ」

 男の言葉を遮り、

「俺は貴様のことを知らん。貴様の言葉を、信じる理由もない。これ以上、戯言(ざれごと)を続けるつもりなら――容赦はしない」

 知盛の言葉に合わせて、白猫が首をもたげる。その目が、きらりと怪しい光を放つ。

 男は軽く肩をすくめた。

「まあ、信じられないのも無理はない。おまえが生まれた時には、私はこの世に居なかったからね」

 知盛が小太刀を抜き放った。

 ちょっと待って、と行盛は2人の間に割って入った。

「血がつながっている、って何のこと?」

「…………」

 知盛は答えない。なので、行盛は男に尋ねた。

「あなたは、平家の人なの?」

「そうだよ」

男はあっさりうなずいた。

「そのフリをしているだけ、という可能性もあるが」

と知盛。小さくため息をついて、

「先程、この男が口にした月の歌……あれは、先代・(ただ)(もり)公の愛妾(あいしょう)が詠んだという(いわ)くつきの歌だ」

「先代……おじいさんの、お父さん?」

「まさにその通り」

 男は満足そうにうなずいた。

「たまに現世をのぞいていたから、おまえたちのことはよく知っているよ。行盛。おまえは、(もと)(もり)の小さい頃にそっくりだね」

「…………」

 行盛は返事ができなかった。父親の顔も知らない。まして、そのおじいさんに当たる人だと言われてもぴんとこなかった。

「知盛は、私の最初の妻に面影が似ているね」

「……そんな話は初めて聞いた」

 知盛は皮肉っぽく笑った。

「この姿は、鬼の呪いだと言う者なら居たが」

「鬼か――確かに、鬼のように美しい女性(ひと)だった」

 男はまた恍惚とした表情を浮かべ、ここではないどこかを見つめた。

「清盛には、実の母親のことをよく話してやったのだがね。あの子はどうも、私に対して素直でないというか、かたくなな所があったな。……それにしても、おまえにまで母親のことを黙っていたのは感心しない。家族と全く似ていないのでは、苦労もあっただろう?」

 別に、と知盛は言った。

「どんな姿であっても関係ないそれが気に入らん人間には気に入らんというだけの話だ。……理由など、後からいくらでも付けられる」

「それは、おまえの姉上の話かな?」

男は少し笑った。今度は苦笑、と言った方がいいような笑い方だった。

「おまえの姉上は、後悔しているよ。昨夜、こっそりと西八条の邸をのぞいてみたらね、随分しょげているようだった」

 知盛が眉を寄せる。男の言葉を疑っているのか、それとも「こっそりのぞいた」という言葉にあきれているのだろうか。

「もう許してやってはどうかな。おまえの方が、あの子より大人だろう?」

 知盛は黙っている。男は構わず言葉を続けた。

「いずれ、あの子は宮中に上がる。そうなれば、姉弟ではなく、主従だ。おのずと関係も変わっていくだろう。ただの家族で居られる時間は、あとほんの少しだよ」

 ハッ、と知盛が短く息を吐く。

「どうでもいい。姉上が何をどう思おうが、思うまいが」

 男は軽く首をひねった。

 くるくると、手の中の空木の小枝をもてあそびながら、

「それならなぜ、邸を出たんだい?」

 行盛はどきりとした。

 知盛が急に小松殿に現れた理由については気になっていた。

 それは小松殿の兄弟たちも同じで、清経はおじいさまに叱られたんじゃないかなと言い、有盛は誰かとけんかしたんじゃないかと言っていた。

 だけど、(これ)(もり)兄上がそっとしておいてあげなさい、って言うから、みんなできるだけ聞かないようにしていたのだ。

「大層な理由などない」

 知盛は冷めていた。声も、瞳も。本当に、何もかもどうでもいいと言わんばかりに気だるげで。

「どこかへ行けと言われたからそうした。下がれと言われたから従っただけだ。いちいち騒がれる意味がわからん。俺は何もおかしなことはしていない」

 男はなるほどとうなずいた。

「では、戻れと命じられたら戻るのだね?」

 ぴくりと知盛の頬が震えた。

「おや、戻らないのかね?」

……そんな命令を出すはずもないだろうさ」

 短い沈黙を挟んで、知盛は言った。男ではなく、その手の中にある空木の小枝を見つめて、

「憂いを与える、空虚な花、か……。宗盛兄上も、たまには気の利いたことを言うものだ」

 行盛には意味がわからなかったが、男にはわかったらしい。

「ああ、確かに。おまえの兄上にとってはそうかもしれないね。あの子はおまえのことを考えるだけで、身の細る思いがするらしいからな。……たとえではなく、現に痩せていたよ。憂いというより悩みの種だな」

「…………」

 知盛は苦虫をかみつぶしたような顔をした。

 怒ったのかなと行盛は思ったけど、さっきみたいに小太刀を抜いたりはしなかった。気だるそうな目が、余計疲れたように見えただけだ。

 むしろ足もとの白猫の方が怒ったみたいで、男に向かって歯をむき出した。

「戻る気がないのなら、いっそ私と共に来るかい?」

急に、男がそんなことを言い出した。優雅に衣のすそを翻し、片方の手を知盛に差し出して、

黄泉(よみ)の国は、けして悪い所ではない。黄泉を統べる女王は、それは美しい方だ――おまえが望むなら、連れていってあげるよ」

「黄泉か……おもしろいかもしれないな」

 知盛の口元に笑みが浮く。

「連れて行っていただけますか?『祖父(そふ)殿(どの)』」

「知盛殿?」

 行盛は不安になって、知盛の横顔を見つめた。知盛は挑戦的に男の顔を見上げている。両者の間に、沈黙が流れて――。

 それを破ったのは、足音と、声。

 行盛のよく知っている声だった。

「――おまえら、無事か!」

 見れば、闇の向こうに、たいまつの明かりが1つ。

 やってきたのは、義父(ちち)の重盛だった。




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