平家(へいけ)鬼子(おにご) 一、(わらし)(まい) (3)


「やっぱりな。こんなことになってるだろうと思ったぜ」

 重盛(しげもり)は頭をかいた。やはり気になって様子を見に来てみれば、案の定である。

「何か御用でしょうか、兄上」

 平然と弟の首を締め上げながら、(とも)(もり)が言う。

「御用っていうか、おまえ、舞うんだろ。呼びに来た」

「……後で参ります。今は手が放せませんので」

「いや、放せ。今すぐ」

と重盛は命じた。重衡(しげひら)の顔が、紫色になりかけている。

 知盛は、さてどうしたものかと思案するような表情を浮かべた。その間にも、重衡の顔色は変わっていく。

 力づくでも引きはがすべきかと重盛が考え始めた時、騒ぎにも悠然と寝そべっていた白猫が動いた。

 とことこと兄弟に歩み寄り、前足を知盛の体にかける。そしてくすぐるような声で、にゃあと鳴いた。

「おまえは、重衡に甘いな……」

 知盛が力を抜いた。

「2度と舐めた口をきくなよ、重衡」

 派手に咳き込んでいる弟には目もくれず、すたすたと廊下を歩いていく。

「って、おい。どこ行く気だ?」

「着替えて参ります。そこの愚か者のせいで、舞わねばならなくなりましたので」

 知盛は振り返りもせずに答えた。やがてその姿は、廊下の角を曲がって見えなくなる。

何とも言えない気分で見送ってから、重盛はもう1人の弟を見下ろした。

「だいじょうぶか?」

「は……い。兄上」

 重衡の声はかすれている。白猫が小首を傾げて、その顔を見上げている。

「また何かやったのか、おまえ」

 しょうがねえなと重盛は続けた。苦しそうに息を継ぎながら、重衡が首を振る。

「何も、しておりません。知盛兄上が、悪いのです」

「何もしてないなら、こうはならないだろ」

「重盛、兄上は。知盛兄上の、味方なのでございますか?」

 じっと見上げてくる。

 透き通った瞳だ。かすかに潤んでいるようにも見える。

 並の人間ならついほだされそうにもなるところだが、あいにく重盛はこの目を見慣れている。

「どっちの味方、とかいう問題じゃねえだろうが。おまえ、わざとあいつのこと怒らせてるな?」

 重盛が言うと、重衡はすねたように唇をとがらせた。

「前からそういうところはあったが……ここんとこ、特にだ」

「…………」

「……なんでだ?」

「知盛兄上は、ずるいのです」

 ようやく、重衡が口をきいた。

「気の進まぬことがあると、私に押しつけて逃げてしまいます。意地悪で、ひどい方です」

 嘘ではない。だが、それは重盛の質問の答えにはなっていない。

(ま、色々あるんだろうな……)

 知盛と重衡は1つ違いの兄弟――いわゆる年子(としご)である。容姿も似通っているため、比較されることが多い。

 重盛にも覚えがある。年子というのは、色々と複雑なのだ。双子ほど仲良くもなれず、年の離れた兄弟ほどには鷹揚(おうよう)にもなれぬ。

 早世した弟・(もと)(もり)の面影が、ふとまぶたをよぎる。

 重盛は追憶の中から、目の前に居る弟に意識を戻した。

重衡は(かたく)なな目でこちらを見上げている。その様子を見るに、今は何を言っても無駄だろう。

「戻るか。義母上が待ってるだろ」

「……はい。兄上」

 いずれゆっくりと話をしてやらねばなるまいと思いつつ、重衡を連れて戻る。

 舞台の上には、先程とは違う楽の音が流れていた。

「『(らん)(りょう)(おう)』か……」

 やがて知盛が舞台に現れた。

 目にも鮮やかな緋色の衣装、頭上には天冠を戴き、舞扇ではなく、細い金のばちを持っている。もともと重衡のために用意された衣装であるが、知盛が着ても全く違和感はない。 

満座の視線が集まる中で、特に緊張した様子もなく、淡々と舞をこなしていく。

 蘭陵王とは、かつて大陸にあった北斉という国を治めた王だ。数多の戦場を駆けた勇将として知られ、敵兵が目を奪われるほどの美貌の持ち主だったともいう。

 はっきり言って、知盛には似合いすぎるほど似合う。

 一門の奥方たちや女房たちのまなざしも、もはや12歳の少年を見ているようではない。「女」の目をしている。

 それはまあいいとして、問題があるのが1人。重盛にとっては妻の兄に当たる藤原(ふじわらの)(なり)(ちか)だ。

先程から、目付きが危なっかしい。(しゅ)(どう)()があるとは聞いているが……義兄でなければ、殴ってやるところだ。

(あいつの将来が思いやられるな……)

 複雑な思いで舞台を見つめる重盛の袖を、後ろからそっと引く者があった。

「父上……」

「ん、(これ)(もり)か。どうした?」

「お腹が痛くて……」

 維盛は今にも消え入りそうな声で言った。

腹が痛いというのは昨夜も訴えていた。ただ、今朝は治ったと言っていたはずだが……無事、役目を果たしたことで、気が抜けたのだろうか。

「どうされましたか?維盛殿」

 時子がこちらに気づいた。

「おばあさま……お腹が……」

「まあ……」

 時子は維盛の青白い顔に手を当てて、すぐに言った。

「少し熱がありますわ。薬をもらって参りましょう」 

「はい、おばあさま……」

 宴席を出て行く2人を、思わず見送りかけた重盛であったが、

「や、俺も行きますよ」

 時子にだけ維盛の面倒を任せるわけにはいかないと、後を追った。

――結果的には、この判断がまずかった。




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