平家の鬼子 〜空木の章〜

 

第七話 (ゆき)(もり)の秘密(1)

 

「行盛が帰って来ない?」

 重盛の問いに、そろってうなずく息子2人――(きよ)(つね)(あり)(もり)

 宴から帰ってくると、なぜか2人が門の前に立っていた。何やら急ぎの用があるというので、ひとまず牛車に乗せて、話を聞くことにしたのだが。

「どういうことだい?くわしく話してごらん」

重盛の横から、維盛が弟たちをのぞき込む。

2人は一瞬、顔を見合わせ、先に有盛の方が口をひらいた。

夕餉(ゆうげ)の後、庭で遊んでたら、行盛兄上が何か聞こえるって――」

 清経が弟の言葉に続ける。

「ちょっと見てくるって居なくなって、そのまま帰ってこなくなった。多分、迷子になってるんだよ」

 重盛は息子2人を見比べた。有盛はいつものぼんやりした表情だが、清経の方は落ち着かない様子で、視線をうろうろさせている。

「経子にはもう言ったのか?」

途端に、清経は青くなった。

「言ってない。だって心配するし……」

「お仕置きが怖いし」

と有盛。

清経が肘で弟を小突く。

幼い息子たちは、日が落ちてからの外遊びを母親に禁じられている。小松殿の庭は広く、夜の闇は深い。万一、池にでも落ちたら大変なことになるからだ。

邸の前庭くらいなら問題ないが、もっと敷地の奥で遊んでいたのかもしれない。

そのうち行盛の姿だけが見えなくなり、いくら待っても戻ってこない。

心配だが、経子に言えば叱られる。なので、わざわざ重盛の帰りを待っていた――ということらしい。

 母親より甘い父親だと考えられているのも微妙な心境だが、客観的に見れば妥当な判断だろう。

「ともかく、行盛は庭に居るはずなんだな?」

 2人はうなずいた。

「わかった。これから探しに行ってくるから、おまえらは邸で待ってろ」

「はい、父上」

 清経はあからさまにホッとした顔をした。

「言っとくが、後でもっとくわしい話を聞かせてもらうからな」

 じろりとにらんでやったが、清経は「はーい」と気楽にうなずくだけ。……まあ、説教は後回しだ。

「父上……」

「維盛、おまえはこいつらのこと頼む」

「いえ、あの。探しに……というのは、そのお姿のままで?」

 遠慮がちに指摘されて気づいた。

 宴から帰ったばかりの重盛は、上は(かり)(ぎぬ)、下は指貫(さしぬき)という、実に動きにくい服装に身を包んでいる。

「これだから貴族ってやつは――」

 などと文句を言っても始まらない。

「おい、(さだ)(よし)!聞いてたか。行盛を探しに行ってくれ」

 重盛は牛車から顔を出し、怒鳴った。

「は。承知致しました」

 牛車の横に控えていた青年武士は、重盛の命に、すばやく立ち上がった。

間もなく、貞能の指示を受けた武士たちが、たいまつを片手に小松殿の庭に散っていく。

 重盛は急いで牛車から下りると、自室に戻り、動きやすい着物に着替えた。これまた急いで部屋を出ようとしたところで、経子が現れた。

「おかえりなさいませ、重盛殿」

 重盛はなんとなく固まった。

「あー……ただいま」

 経子は細い首を傾げて重盛の姿を眺めている。

宴から帰ってくつろぐどころか、慌しく出掛けようとしている夫――何か普通でないことが起きたのは一目瞭然である。

「どうかなさったのですか?」

経子は控えめに尋ねてきた。

事情を説明すべきか、重盛は一瞬、迷った。

いや。今はともかく、行盛の無事を確かめるのが先だ。

経子に言ったら、それはそれ、清経や有盛のお仕置きが先だと言い出すかもしれない。子育ての方針について、夫婦で議論している場合でもなかろう。

「悪い、急用だ。くわしい話は、後でな」

 経子は無言で見上げてくる。なんとなく居心地が悪くなり、重盛は目をそらした。

「……何だよ。何か言いたいのか?」

「知盛殿のお姿が見えませんの」

「は?」

 予想外の言葉に、重盛は間の抜けた声を上げていた。

「夜になっても暑いので、冷たい瓜を切ってお部屋にお持ちしたのですけど、お姿が見えなくて……。どこに行ってしまわれたのでしょう」

 大方、どこか涼しい所で、ごろごろしているだけではないのか――と重盛が言うと、経子はのんびりと自分の頬に手を当てて、

「困りましたわね。せっかくの冷たい瓜が、ぬるくなってしまいますわ」

「……あのな、経子。今は急いでんだよ。瓜なんてどうでもいいだろ?」

「何をそのようにお急ぎなのですか?」

 経子はやはりのんびりと尋ねてくる。

「だから、帰ってから話すって」

とにかく後でな、と言って、重盛は部屋を飛び出した。

 経子の声だけが追いかけてきた。

「そのようにつれなくされては、悲しゅうございますわ。わたくし、どうかなってしまいそう」

 何の冗談だと思ったが、重盛は振り返らなかった。

この時、妻が何を考えていたのかについては、少し後で知ることになる。




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