平家の鬼子 〜空木の章〜

 

第六話 宴の夜に(2)

 

曲の合間に一休みしようと考えたのは、どうやら重盛だけではなかったらしい。廊下に出ると、十人ほどの公卿が雑談したり、庭の景色を眺めたりしていた。

もう間もなく日が暮れようかという時刻。この季節にしては、少し涼しい風が吹いている。しばし庭を見ながら風に吹かれていると、重盛の眠気も覚めた。

「これは重盛殿、久しいではないか」

 声に振り向けば、知った顔がこちらにやってくる。

「どうも、義兄上(あにうえ)

 重盛は適当にあいさつした。

 藤原(なり)(ちか)。妻の兄で、重盛にとっては義兄に当たる男だった。

互いの家同士の関係も古く、実に百年以上前から続いている。

 かつて伊勢を本拠としていた平家一門が、京に進出したばかりの頃――当時は、公卿など夢のまた夢の下級貴族で、武門の家としても、源氏の後塵を拝する存在だった。

 それが変わるきっかけとなったのは、当時の白河帝が、重盛の曽祖父・(たいらの)正盛(まさもり)を北面武士として取り立ててくれたこと。

 そして正盛(まさもり)を白河帝に推薦したのが、帝の()母子(のとご)であった成親の祖・藤原(あき)(すえ)である。

 思えば平家一門の栄華栄達の道は、その時から始まったと言っても過言ではない。以来、両家は何代にも渡って姻戚関係を結び、協力し合ってきた。

 ただ、そうした関係を除けば、重盛にとってはさほど親しくしたい相手というわけでもなかった。

ふっくらした色白の頬、太った体。少し歩くだけでも、額に汗を浮かべている。

見た目もそうだが、中身も京の貴族の典型のような男だ。温厚そうに見えて、胸の内には権力への野心が燃え盛っている。

武門の家柄である平家を、所詮は成り上がりと見下(みくだ)しているのも見え見えだ。そして、自身の出世のためなら、その成り上がりに実の妹を平気で差し出す男でもある。

「何か用でしたか」

 わざわざ声をかけてきた理由を問うつもりで、重盛は尋ねた。

「用、というわけではないが……」成親はなぜか落ち着かない様子で視線をうろうろさせて、「その、経子は変わりないか」

「は?」

「いや、ここ最近、顔を見ておらなんだのでな。達者にしているかどうか、気になっていたのだ」

 経子と成親は、はっきり言って仲が悪い。ここ最近どころか、もう何年もまともに顔を合わせていないはずだ。

「おかげさまで、変わりありませんよ」

ひとまず無難な答えを返すと、成親は満足そうにうなずいた。

「そうか。たまには、邸を訪ねて話をしたいと思っているのだが、都合はどうだろうか」

「………?」

経子は品のいい女であるが、この男が小松殿の門前に姿を現した日には、頭から水をぶっかけるくらいのことはやりかねない。そのくらい、実の兄のことを毛嫌いしている。

成親もわかっているはずだ。先程から、言っていることがどうにもおかしい。

「小松殿にお見えになるつもりですか?義兄上が?」

「う、うむ。重盛殿は多忙であろうから、不在の折でも構わない。実は、美しい舞扇(まいおうぎ)を手に入れてな。土産の代わりに持っていこうと思う」

「扇、ですか」

経子も貴族の女だ。舞ぐらい舞えるが……いったいどういう風の吹き回しだ?

「ああ。春の宴で見たあの舞を……もう1度だけ、見たいと思っていた」

 成親の(ほお)が、ほんのり赤く染まった。瞳は夢でも見ているように潤んでいる。

 春の宴の舞――。

「……知盛のことですか」

重盛の声が冷えた。

 成親の趣味は知っている。男でも女でも、美しいものを好む――そんな成親が、春の宴で、知盛の舞姿に見とれていたことも知っている。

しかし、その直後に、知盛が叔父の頼盛を殴り倒すという事件を起こし、止めようとした成親も、巻き添えで殴られた。

それで熱が冷めたかと思えば……どうも、違ったようである。

知盛が小松殿に居候していることを、いったいどこで聞いたのか。

いや、そんなことはどうでもいい。

自分の留守中にやってきて、何をどうする気でいたのか……それが問題だ。

「義兄上。ちょっと向こうで話しましょうか」

「し、重盛殿……?」

 問答無用、重盛はその太った体をつかんで、ひきずっていった。

 ようやく重盛の怒気に気づいたらしい。それこそ水をぶっかけられたかのように、成親の顔が青褪めた。

「ご、誤解だ、重盛殿!私はけっして、(よこしま)な考えを抱いているわけでは……」

「手間はかけさせませんよ。……すぐに終わります」

 我ながら物騒なセリフを口にしつつ、成親をひとけのない廊下に連れていく。突き飛ばすように手を放すと、成親はへなへなとその場に膝をついてしまった。

「義兄上。俺は、他人の好みにどうこう言う気はないですよ。男でも女でも、美形が好きなら好きでいいでしょう」

 自分が今どんな顔をしているか、重盛にはわからなかった。

 ただ、あうあうと喘ぎながらこちらを見上げる成親の顔は、さながら鬼でも見ているようだ。

「けどね。まだ物の分別もつかない子供に手を出そうって奴が居るなら――」

 自分の足元を指差し、

「地獄へ落ちればいい。俺は、そう思ってるんです」

「………!」

「何か間違ってますかね?」

 成親はぶるぶると首を振った。

「わ、わ、私もそう思うぞ!重盛殿の言う通りだ!」

「わかってもらえましたか。なら……よかった」

 重盛は薄く笑みを浮かべた。恐怖にひきつった成親の顔が、青を通り越して白くなる。

今にも失神してしまいそうだ。別に、そうなっても構わなかったが――仮にも、成親は公卿。ここに転がしておいたら、邸の人間の迷惑になるだろう。

「おい、(さだ)(よし)!居るか!」

 来る時に連れてきた部下が、多分そこらに居るはずだ。

 思った通り、重盛の呼びかけに答えて、庭先に人影が現れた。

黒髪に切れ長の瞳。鍛え抜かれた体躯と、隙のない身のこなしの青年武士だった。

「殿、お呼びでございますか」

 (たいらの)(さだ)(よし)。かつて平家第一の郎等と呼ばれた、平家(たいらのいえ)(さだ)の次男。

 義に厚く、腕も立つ。生真面目でやや融通の利かないところを引いても、頼れる部下の1人だ。

「藤原殿がお帰りだ。悪いが送ってやってくれ」

 重盛は部下に歩み寄り、その耳元に小声でささやいた。

「牛車に放り込んでこい。できるだけ手荒にな」

「承知致しました」

 重盛の無茶な命令にも、貞能は顔色1つ変えずにうなずいた。

「参りましょう、藤原殿」

 成親の襟首(えりくび)をひっつかみ、命令通り手荒にひきずっていく。

「な、何をする、無礼者!放せ!」

 成親はじたばたと暴れていたが、重盛がひとにらみすると、黙ってひきずられていった。




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