平家の鬼子 〜空木の章〜

 

第六話 宴の夜に(1)

 

 宴席はにぎやかだった。

 酔った貴族らが奏でる琴や笛の音に乗せて、若く美しい女房が、ウグイスのような可愛い声で歌っている。

 京の貴族、源資(みなもとのすけ)(かた)の邸。

雅楽(ががく)の家である宇多(うだ)源氏(げんじ)の生まれで、自身も優れた雅楽家。さらに、当世流行の歌謡、今様(いまよう)を愛好している。

名目上、平家の棟梁である身としては、この手の付き合いをこなすのも大事な仕事である。しかし、楽にも今様にもさほど興味のない重盛は、先程から幾度となくあくびを噛み殺していた。

「父上……」

 今にも居眠りを始めそうな重盛を、横に座っている(これ)(もり)が心配そうに見つめている。

「ああ、わかってる。だいじょうぶだ」

と重盛は答えた。

 あまりだいじょうぶには見えなかったのだろう。維盛は尚も不安そうにしている。

 確かに――穏やかな楽の音が、絶妙に眠気を誘い――気を抜くと、意識が遠ざかりそうになる。

 眠気をまぎらわすため、重盛は昨日、五条河原で会った少女の話を思い出した。

 子供をかどわかす鬼の話――。

 その鬼は、身分の高い公家の姿に化けて、夜な夜な河原に現れ、美しい笛の音で子供を誘い出しては、甘言で惑わすらしい。

 それも、何か買ってあげるとか、いい所に連れていってあげるとかいう定番の誘い文句ではなく。

 親を亡くした、あるいは親と生き別れた子供の前にだけ現れ、お父さんとお母さんに会わせてあげるよ、とささやくのだと。

「あたしはその鬼を見たことないけど」

 やはり親を亡くした子供である少女は言った。同じ河原に暮らす少女の友人の、さらに知り合いの子供が、それらしきものを見た、と。

 アテにならないな、と重盛は思った。当人が見たならいざ知らず、友人の知り合いでは、「風の噂」と似たようなものだ。

 ただ、その噂が、河原の子供たちの間でたびたび口の端に上るようになっていること。それが今年の春頃から始まったというのは、どうやら間違いがないらしい。

「父上……」

 (これ)(もり)がそっと肩を揺すってくる。重盛があまりに静かなので、ついに眠ってしまったかと思われたようだ。

「ああ、悪い」

「あの……、そろそろ曲が終わりますので。次の曲が始まるまでの間、外の空気を吸ってこられては?」

「そうだな、そうするか」

 確かにこのままでは、宴が終わるまで持ちそうにない。

「おまえが居てくれて助かるよ」

 重盛は心からそう言った。

自分の苦手分野を、逆に得意とする長男の存在は頼もしい。最近では、こうした集まりには、必ず維盛を連れてくるようにしている。

「わたくしなど……」

 維盛が瞳を伏せる。細面(ほそおもて)の整った顔に、長いまつげが影を落とす。

謙遜(けんそん)すんなって。本気で助かってるんだぜ?」

「…………」

 維盛は黙っている。「どうした?」と声をかけると、「申し訳ございません」と謝ってきた。

「は?」

 礼を言っているのに、なぜ謝るのか。重盛が怪訝に思っていると、

「平家の嫡流に生まれながら、こんな時くらいしか、父上のお役に立つことができない――もっと……わたくしが知盛殿のようであったなら……」

 重盛は我が耳を疑った。

「待て。誰のようだったら、って言った?」

 あんな奴は2人も要らない。ここ数日、重盛の気が休まらないのは、いったい誰のせいだと思っているのだ。

 しかし維盛は瞳を伏せたまま、

「武士たる者、武の道に優れていなければなりません。わたくしはその点、幼い弟たちにさえ劣っています……」

 重盛はようやく気づいた。

「おまえ、酒飲んだのか?」

 いつもはこんな風に思ったことを口にする奴ではない。悩みがあっても、自分の中に抱え込んでしまうのだ。

 見れば、維盛の頬はほんのり赤い。自分が目を離した隙に、誰かが飲ませたに違いない。

 ついでに、陰口のひとつも言われたのだろう。武士らしくないとか、平家の嫡流にふさわしくないとか……。

 いい機会だ。重盛は息子と向かい合うように座り直した。

「あのな、維盛。俺のじいさんのこと知ってるか?」

(たいら)(のただ)(もり)(こう)でございますか?それは、もちろん存じておりますが……」

脈絡のない問いかけに、維盛が眉をひそめる。重盛は構わず話を続けた。

「じいさんはな、武門平家の棟梁だったが、実はそれほど武術が得意じゃなかった。けど、歌を詠ませりゃ気が利いてるし、そりゃあ見事な舞を舞ったっていうぜ。おかげで、女にもモテた」

 維盛は黙って耳を傾けている。

「その上、頭も切れた。殿上で刺客に襲われた時、機転だけで切り抜けたって話、聞いたことあるだろ」

「はい……よく存じております」

 うなずく維盛。

 それは感心だ。祖父がまだ若い頃の逸話なので、重盛にとっても人づてに聞いた話である。実のところ、「よく存じている」と言えるほどくわしいわけでもない。 

 重盛が知る祖父は、切れ者というより、どこか飄々(ひょうひょう)としてつかみどころのない人だった。

声を荒げる姿も見たことがない。孫である自分や基盛には特に甘かったが、誰に対しても怒るということがなかった。

 それでいて、祖父が一度(ひとたび)口をひらけば、その命令には誰も逆らわなかった。

 今、思い出してみても、不思議な人だったと思う。

「じいさんのおかげで、今の平家がある。けど、後を継いだ親父も、俺も、別にじいさんの真似をしてきたわけじゃない。自分のやり方でやってきただけだ」

 重盛は息子の肩に手を置き、まっすぐにその目を見すえた。

「おまえもそうしろよ。武家の生まれだからこうでなきゃいけない、なんて他人に決められるのはおもしろくねえだろ」

 楽の音が途切れた。代わりに、ざわざわした話し声が宴席を包む。

「っと、終わったな。今のうちに、少し休んでくるぜ」

 重盛は立ち上がった。

「……はい、父上」

 維盛は上の空で答えた。たった今、父親に言われたことについて、深く考え込んでいるようだった。




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