平家の鬼子 〜空木の章〜

 

第五話 五条河原にて(2)

 

 女の子だけではない。その姉らしき少女も居る。

「おじさんたち、何やってるの?」

 素で問われて、重盛の頭が冷えた。

「いや、別に……」

「けんか?」

 重盛の袖をつかんでいる女の子が小首をかしげる。

「…………」

 これは、気まずい。

 重盛は清盛を見た。あちらもだいぶ気まずい顔をしている。言い合いに夢中になって、子供たちの存在に気づかないとは――お互い、迂闊(うかつ)にも程があるというものだ。

「タマの母さんが、小屋の中で寝てるの。できれば静かにしてくれない?」

 少女が指差したのは、崩れかけの廃屋だった。

 まさか人が居たとは――。寝ている、ということは、具合でも悪いのだろうか?

「あー……騒がせて悪かった。別に何でもないから、気にしないでくれ」

 2人は立ち去ろうとしない。先程は重盛を警戒していたはずの少女も、何やら興味を引かれた様子で身を乗り出し、

「おじさんたち、人買いを探してるの?」

「は?」

「さっき、言ってた。人買いのしっぽをつかむ、って」

 少女はじっと穴が開くほど重盛の顔を見つめてきた。賢そうな瞳だ。いや、それだけではなく――肝の据わった目だ。ふと、妹の盛子のまなざしが、少女の瞳と重なった。

「そっちの法師様、さっき(いち)のお客さんと、子供をさらう鬼の話してたし」

 子供をさらう、鬼の話?

「そなた、何か知っておるのか」

 話が聞けそうだと判断したのだろう。清盛が少女に問いかける。

 少女はその問いに対し、答えではなく、質問を返した。

「おじさんたち、偉い人なの?」

「うん?」

「ねえ、そうでしょ?その格好、変装なんだ。それで、居なくなった子供のこと調べに来たんだ。きっとそうだ」

 ほとんど正解を言い当てられて、重盛は舌を巻いた。

「なぜ、そう思う?」

と清盛。少女は得意げに顔を輝かせて、

「だって、話し方とか、河原の人たちと全然違うもん。この辺の人は、ブレイモノ、なんて絶対言わないよ」

「…………」

 清盛は微妙にバツの悪そうな顔をした。

「あと、おじさんたち、似てないけど親子なんだよね。一緒に来たんじゃなくて、鉢合わせしちゃった、とか?」

「……もうよい。そなた、実に(さと)い娘じゃのう」

 あの清盛が降参した。珍しいこともあったものだ。

重盛は目の前の少女に興味を覚えた。

「なあ、おまえ、名前は?」

 少女は大人びた仕草で肩をすくめた。

「知らない人には教えちゃいけないんだよ」

「それを言うなら、知らない大人に近付いてきたらだめだろ。自分で言うのも何だが、俺たち、かなり怪しいよな?」

「うん、怪しい」

 さらりと肯定されて、重盛は沈黙した。

「でも、偉い人なんだよね?立派なお邸に住んでたりする?それで奥さんとか、お姫様みたいな子供とか居たりすると嬉しいんだけど」

「……?どういうことだよ?」

少女の目的が見えない。人買いや「居なくなった子供」の話をしに来たのではないのだろうか?

「あのね。あたしのこと、お邸に雇ってくれないかな」

『……は?』

 絶妙な間合いで、清盛と重盛の声がかぶった。

「あたし、お金になる仕事探してるの。この子のお母さんが病気で、お薬代を稼がなきゃいけないから」

 母親が病気、という言葉に、重盛の心が揺れ動いた。顔にこそ出さなかったが、おそらく清盛もそうだったはずだ。

「つまり、その鬼とやらの話をする代わりに、そなたを雇えと申しておるのか?」

「そう言いたいけど……」

 少女は少しだけ困ったような顔をして、タマという名の女の子と顔を見合わせた。

「あたしたちが知ってるのって、噂くらいだし。おじさんたちが調べようと思ったら、すぐに調べられると思う。だから、これはただのお願い。あたしのこと雇ってくれない?」

 少女はそう言って清盛の顔を見上げた。

真剣なまなざしだ。その目を見れば、先程の言葉が口からでまかせでないことくらいはわかる。

とはいえ無論、事情を抱えた貧しい子供は少女だけではないし、そうした子供をいちいち雇い入れていたらキリがない。

「そなた、年はいくつじゃ?」

 ……キリがないのだが、清盛の性格からして、この少女を放っておけるはずもなかった。頭が回るし、肝も据わっている。いかにも父の気に入りそうな娘だ。

13だよ」

 少女が答える。

 小さいな、と重盛は思った。思っただけで、口に出さないくらいの分別はある。

しかし、少女には見抜かれたようだ。

「ごめんね、小さくて。おじさんたちと違って、いいもの食べてないの」

 さらに皮肉まで。こいつ、知盛と気が合うかもしれないな、と重盛は思った。

「親は」

 清盛の短い問いに、「居ない」とやはり短く答える。

「死んだのか」

 立ち入ったことを聞き過ぎではないのか。しかも無神経な――。

「そうだよ。タマのお母さんがあたしのこと育ててくれたの」

 清盛は感心したようにうなずいた。

「なるほどのう。育ての親に恩を返したいというわけか」

「そう。だめ?あたし、お裁縫とか得意だよ。タマのお母さんが教えてくれたから。お姫様の着物を縫ったりできるよ」

 そういえばさっき、お姫様みたいな子供が居ると嬉しい、とか言っていた。おそらくは、美しい着物に囲まれた暮らしに憧れもあるのではないか。

「娘は1人おる」

と清盛は言った。正しくは同居している娘が、だろう。血のつながった娘の数なら、十人近い。

「だが、今のところ女手は足りておるな。他にできることはないのか?」

「子守も得意だよ。赤ちゃんをあやすのとか」

 昨年生まれた末っ子のことが、重盛の頭をよぎる。ついでに、全くあてにならない乳母のことも。この少女が邸に来てくれたなら、朝はよく眠れるようになるかもしれない。

 ただ、息子たちとあまり年が近いのも……教育上、よくない気がする。

今は薄汚れた身なりをしているせいで目立たないが、もう少しちゃんとした格好をすれば、かなり可愛らしくなりそうな少女である。

「まあ、その気になればいくらでもアテはあるよな」

と、重盛は父に言った。

 どうせ、既に心は決まっているのだろう。ならば質問ばかりしていないで、さっさと返事をしてやれと言いたかった。

 そうじゃな、と清盛がうなずく。少女の顔がぱあっと明るくなった。

「本当?雇ってくれるの?」

「そなたが望むならな。適当な邸を紹介してやってもよい」

「ありがとう、法師様!」

 少女が頭を下げる。

「そういえば、時忠の所の雑仕女(ぞうしめ)が先頃やめおったな」

 ふと思いついたというような清盛のつぶやきに、重盛はぎょっとした。

「おい、冗談だろ?あそこの使用人が何人やめたと思ってるんだよ」

 時忠は時子の実弟であり、朝廷の要職を務める公卿の1人だ。

 邸はでかいし、金回りもいい。派手好きの奥方も、年若い娘も居る。勤め先としては、確かに申し分ない。

 しかし言っては悪いが、後妻の領子の性格がきついのだ。使用人には殊に容赦なく、長続きした試しがない。

「余計な口出しをするでない」

 清盛が不愉快そうに顔をしかめる。

「いや、する。勤め口なんて他にいくらでもあるだろうが。別に、一門の邸でなくたっていいんだし」

「それが余計だと申しておる。この娘――時忠の娘と、気が合うと思わぬか」

「!」

 重盛はハッと息を飲んだ。

 時忠には娘が3人居るが、清盛が言っているのは、先妻の娘のことだろう。年は知盛と同じで、性質のよい、おとなしい娘だ。

そのタチが災いしてか、継母の領子に虐められている。

それはもう、京の民の噂にも上るほどのひどさで、重盛も何とかしてやりたいと常々思っていた。

相手が男なら、多少脅してやればすむ。だが、家の中のこと、特に女同士のことは解決が難しい。

事実、清盛が時子を通して何度も苦言を呈しているにも関わらず、領子の継子(ままこ)(いじ)めは、一向に収まる気配がなかった。

「あたしはどこでもいいよ。雇ってくれるなら」

少女が言った。会話の流れから、およその事情は察したようだった。

「おっかないご主人様が居てもか?」

と重盛は尋ねた。

「怖い人なら、河原にだって居るよ。でも、お金はくれない。そのご主人様はお金をくれるんでしょ?だったら、叱られても平気」

少女はさばさばと答えた。

「…………」

 重盛は考え込んだ。この少女が時忠の邸に行くことになれば、時忠の娘にとっては、救いができるかもしれない。清盛が言う通り、2人は気が合うだろう。きっと良き友人になれるはずだ。つらい思いをすることもあるかもしれないが――。

 くいくい。

 着物の袖が小さく引っ張られた。

 あの女の子だ。ずっと重盛の袖を握ったままだったらしい。その目は不安そうに揺れていて、姉のような少女が「おっかないご主人様」の所に行くという話に、動揺しているのがありありとわかった。

 重盛は小さくため息をついて、少女に声をかけた。

「おまえ、子守が得意なんだよな?うちには去年生まれた赤ん坊が居るんだが……来るか?」

 清盛があきれたような目をした。

「そなたの所は男ばかりではないか。この娘にどんな仕事を任せる気じゃ」

「だから子守だっての。別に傍女(そばめ)になれって言ってるわけじゃねえよ」

「ソバメ?」

 少女がびっくりしたように目を見開く。

「あ、悪い。物の例えだ」

 少女は2、3歩後ずさりして、上から下まで重盛のことを眺めた。

「……別にいいけど……おじさん、たくましくてかっこいいし」

「いや、俺じゃない。うちのガキ供が……って、そうじゃなくてな」

 重盛は口ごもった。

 少女は小さなこぶしを握って、力強く言う。

「あたし、今は小さいけど、何年かしたら大きくなるから。今よりキレイになれるように努力する」

これは完璧に誤解されている。重盛は小さくため息をついて、

「おまえさんの気持ちは嬉しいが……俺にはもう決まった女が居るんだ」

 少女は首をかしげた。

「それって奥さんのことでしょ?傍女って、奥さん以外の女の人のことじゃないの?」

「そうだが……遊びもしないって決めてるんだ」

 なんで、子供相手にこんな話をしてるんだ、俺は。

 清盛がにやにやしている。見ていないで、止めればいいものを。苦々しく思っていると、

「この男、若い頃は悪党でな。妻を放って、他の女と――」

「おおい!!

 重盛は怒鳴った。止めるどころか、人の昔の傷をほじくり返して来やがった。

 清盛は冷ややかに目を細めた。

「なんじゃ、何か間違ったことを申したか?」

 確かに重盛には昔、少しばかり荒れていた時期がある。それは事実だ。

 きっかけは、京を揺るがす大事件だったのだが、今は語るまい。

 あの頃は、世の中全部を恨んでいたと言ってもいい。

何もかもくだらない、腐っていると――自分だけがそれに気づいているような気分で――まあ、早い話がうぬぼれていたのである。言い訳させてもらえるなら、若い頃には、わりとありがちな話ではないかと思う。

 そんな時、父が連れてきた政略結婚の相手が経子だ。どんな夫婦関係だったか。……今では思い出したくもない過去である。

 重盛は怒鳴った。

「あんたには言われたくねえんだよ、あんたにだけは!娘が1人だ?嘘つけ!今までどれだけ義母上を泣かせてきたと思ってやがる!」

 清盛の双眸が燃え上がる。

「貴様、もう1度申してみよ!」

 殺気立ってにらみ合う父子を止めたのは、あきれたような少女の声だった。

「はいはい、親子げんかしないの」

 2人の間に割って入り、

「誰にでも間違いはある、ってタマの母さんが言ったよ。大事なのは、間違ったことをちゃんと認められるかどうかだって。おじさんたちが、昔、浮気したことばらされて怒るのは、悪かったって思ってるからでしょ?ちゃんと反省して謝れば、奥さんたちも許してくれるんじゃない?」

『………………』

 重盛と清盛は、無言で顔を見合わせた。まだ年端もいかぬ少女に、完全に見透かされている。

「それよりおじさんたち、鬼の話は聞かなくてもいいの?」

 その言葉で、重盛は気づいた。

 本来の目的がすっかりお留守になっていたことに――。




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