平家の鬼子 〜空木の章〜

 

第五話 五条河原にて(1)

 

 翌日の昼下がり。

重盛は1人、五条河原に立っていた。

子供が消えたという現場に足を運び、河原の民から直接、話を聞いてみれば、何かわかることがあるかもしれないと思ったからだ。

 身にまとっているのは、くすんだ土色の着物と袴、よれよれの烏帽子。

河原の民に混じっても目立たない着物を用意してくれ、と昨夜、経子に頼んだら、今朝には用意ができていた。

 多少の変装も兼ねて、顔には化粧を施されている。……それはいいのだが、鏡を見たら、目付きの鋭さや人相の悪さをやけに強調されていた。

 もともとのくせっ毛をさらに振り乱し、おおざっぱに紐で束ねている。

 ただでさえ長身で体格のいい重盛だ。これで刀でも持っていたら、追いはぎのような風貌である。

 おかげで、肝心の子供が寄ってこない。それどころか、周囲の人々がさりげなく遠巻きにしている気がする。こっちから無理に近付こうとしたら、役人を呼ばれるかもしれない。

 どうやら(いち)が立つ日らしく、河原には人通りも多い。これなら多少、見慣れない男がまざっていたとしても、怪しまれることはないはずなのだが……。

「ったく。経子の奴、おもしろがりやがって」

 こうなったら早々に聞き込みはあきらめて、行盛に土産でも買って帰るか――。

行盛は今朝、熱を出してしまった。初夏とはいえ、夜はまだ冷える。おそらく寝冷えをしたのだろうと経子は言っていた。

まあ、さほど高い熱でもないようだから、心配ないとは思うが……。

 重盛はぶらぶらと市を見て回った。場所が場所だけに、あまりいい物はない。まともな市なら、とても値段のつかないようなボロキレや廃品まで売られている。

 どこかに行盛の好きな餅でも売っていないだろうか。

 あとは、そう。知盛の奴にも何かみやげを――。

 そっちは別に熱を出したわけではない。寝冷えなどするような繊細な奴でなし。

 ただ、昨夜の一件以来、多少気まずくなってしまったため――知盛本人は全くいつも通りで、今朝も白猫とごろごろしていたが――何か適当な埋め合わせを、と思ったのだ。 

「旦那、買っていきませんか」

 焼いた魚を売っている老人が、重盛に声をかけてきた。どうやら目がよくないらしく、重盛の扮装(ふんそう)にも脅えている様子はない。

「ああ、ひとつもらうよ」

 金を払って品物を受け取り、ついでに声をかける。

「最近、ここらで変わったことってないか?」

「へえ。変わったこと、ですか?」

「人が消えるとか、やばそうな奴がうろついてるとか」

 重盛の問いかけに、老人は糸のように細い目をしばしばさせた。

「どうですかねえ。そんなことは珍しくもない場所だからねえ」

「……ま、そりゃそうか」

 焼き魚をかじりながら、あらためて周囲の様子を見回す。確かに見たところは、これといっておかしなこともない。

 じょん、じょん、と河原の風に乗って、琵琶(びわ)の音が響く。

 見れば、弾いているのは旅の法師のようだった。

(琵琶法師か……)

 琵琶を奏でながら、物語を歌い歩く盲目の僧侶のことだ。

娯楽の少ない場所だからだろう。老若男女問わず足を止め、聞き入っている。

 しかし――言っては悪いが、この弾き手は、あまり腕がよくないような……。

 くい。

 誰かが、重盛の着物のそでを引いた。

「……ん」

 重盛は視線を下げた。小さな女の子がそばに立っていた。

 年の頃は6つか7つ。着ているものは白茶けた小袖(こそで)枚で、袴は身につけていない。見るからに貧しい子供だった。

 ツヤのない黒髪をおかっぱにしており、なかなか可愛い顔立ちをしているようだが、ぽかんと口を開けて重盛を見上げているさまは、いささか間が抜けていた。

「……何か用か?」

 重盛が声をかけると、女の子は丸っこい指で焼き魚を指差し、

「それ、おいしい?」

 今にもヨダレを垂らしそうな顔で聞いてくる。

 河原の子供が、空腹なのはわかる。しかし、食い気に負けて、こんないかにも怪しそうな、見ず知らずの大人の袖を引くとは。

「あのな――」

 あきれた重盛が、彼女に話しかけようとした時。

「タマ、何やってるの!」

 女の子の姉だろうか。10歳くらいの少女が現れて、女の子の後頭部をぽかっと叩いた。

 ふえっと女の子が泣き声を漏らす。

「1人でうろうろしたらだめでしょ!こっち来なさい!」

 問答無用、女の子の襟首をつかんでひきずっていく。最後に、じろりと重盛の顔をにらむのも忘れない。

 絵に描いたようなしっかり者だ。庶民の娘は、あれくらいでなければなるまい。

(しかし……完全に、人さらいを見る目だったな)

 やはり、この姿で聞き込みというのは無理がある。

 まだ日は高いことだし、1度邸に戻って、もう少し小ぎれいな着物に着替えてくるか――。

「そんな所で何をしておる」

 ふいに声をかけられて、重盛は唖然とした。

 いつのまにか目の前に立っているのは、先程、琵琶を弾いていた法師である。

 薄汚れた法衣に、傷物の琵琶。いかにも諸国を遍歴してきたかのような風貌であるが、

「…………親父?」

「なんじゃ、その間抜けな顔は」

 見間違えるはずもない。そこに居るのは、どこからどう見ても清盛だった。

「いやいやいや!あんたの方こそ、こんな所で何やってんだ!?

「大声を出すでないわ、このうつけが」

 清盛はぴしゃりと言った。

 ハッと我に返って周囲を見れば、重盛の大声に、河原の人々が足を止めている。

「……っと、まずいな」

「場所を変えるぞ。ついて参れ」

 こちらの返事も待たず、清盛は歩き出す。

 (いち)の中心を離れ、掘っ立て小屋のような家々の脇を抜け、河原の外れへ。

 ぼうぼうと雑草が生い茂り、崩れかけた小屋が1軒建っている。立ち話にも居心地のよい場所ではないが、人目を避けるにはちょうどいい。

「それで?何をしておった」

 清盛はじろりと冷たい目で重盛を見た。

「あんたこそ」

 重盛も負けじとにらみ返す。

 間の抜けた扮装を見られたのがきまり悪い。もしかすると、相手もそうなのかもしれない。いかにも不機嫌そうな顔でこちらをにらんでいる。

 しばし相手の出方を伺うように、無言のにらみ合いが続き。

やがて口をひらいたのは、清盛の方だった。ハッ、と馬鹿にしたように口元を歪め、

「なんじゃ、その見苦しい姿は。似合い過ぎて笑えぬぞ」

「お互い様だろうが。その着物――義母上(ははうえ)に用意させたのか?」

 清盛自ら調達したとは思えない。自分と同じように妻に任せたのかと思いきや、清盛の答えは違った。

「いや。盛国に任せた」

 平盛国。清盛第一の郎党。他人に、どころか実の息子にさえ隙を見せない清盛が心をひらく、数少ない例外の1人だ。

父とは子供時代からの付き合いらしく、文字通り片腕のような存在である。

仕事も早く、有能だ。一分(いちぶ)の隙もない父の変装が、その有能さを物語っていると言えよう。

「近頃この五条河原で妙なことが起きていると聞いたのでのう」

 そう言って、清盛は広い河原を見回した。

重盛が部下から受けた報告は、当然、清盛も受けているはずである。

「それで、自分の目で確かめに来たのか?」

「左様。旅の法師ならば、河原の民にも恐れられはすまい。おかげで、おもしろい話が聞けたぞ」

 清盛は勝ち誇ったように笑っている。同じ目的でありながら、重盛の方は成果が上がっていないのを見抜いているかのようだ。

「その姿は、さしずめ人買いの真似といったところか?」

「……うるせえよ。ほっとけ」

 重盛は唸るような声を上げた。自分でもどうかと思う変装を、他人に馬鹿にされるのは我慢できない。

「なるほど。(じゃ)道は蛇、か。人買いに化ければ、人買いのしっぽもつかめると思ったか?」

 清盛は笠にかかって言い立てる。重盛はいいかげん、腹に据えかねた。

「そっちこそ、弾けない琵琶なんか人前で弾いてんじゃねえよ。下手過ぎて笑えねえぜ」

 清盛の顔色が変わった。

「今、何と申した?」

 誰にでも、苦手なことの1つや2つはある。清盛の場合は、楽と歌だ。まあ、重盛とて人のことは言えないが、最初から向いていないと諦めていたせいで、さほどの劣等感はない。

 祖父の忠盛は、その道の名手だった。

その忠盛と比べられながら育った清盛は、幼い頃から、何度も悔しい思いをしてきたはずである。劣等感とは、そういうところから生まれるものだ。

「下手を下手と言って悪いか?道理で、腕の悪い法師だと思ったぜ」

 我ながら意地悪く笑って見せると、清盛はまなじりを吊り上げて怒鳴った。

「言いおったな、貴様!それが実の父に対する言葉か!」

重盛も怒鳴り返す。

「都合のいい時だけ父親(づら)るんじゃねえよ!年寄りは年寄りらしく、邸で隠居でもしてやがれ!」

「この無礼者め――覚悟はできておろうな」

 清盛の双眸(そうぼう)が、殺気に近い光を放つ。

 重盛はひそかに父との間合いを計った。庶民の扮装では、弓も刀も持っていない。清盛相手に、素手では分が悪い――。

 くいくい。

 誰かが、重盛の着物の袖を引く。

 つい今し方も、確か同じことがあったような……重盛は視線を下げた。先ほどの女の子が、大きな瞳を不思議そうに見開いて、じっと重盛の顔を見上げていた。




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