平家の鬼子 〜空木の章〜

 

第四話 夕涼みの猫(2)

 

「こちらでございますわ、重盛殿」

そう言って経子が案内したのは、いつも来客用に使っている部屋ではなく、邸の中でも奥まった一室だった。

込み入った用件であることを察して、気を利かせたのだろう。こういうところが、経子は如才ない。

斉藤実盛は、部屋の隅に端然と座していた。

殿(との)。夜分遅く、申し訳ございません」

「いや、いい。急用なんだろう?」

 重盛は部下の前に腰を下ろした。

「は。至急お耳に入れたきことがあり、参上(つかまつ)りました」

 顔を上げた実盛は、眉間に深く皺を刻んでいた。

 既に60の坂を越え、黒い髪には、かなり白いものが混じっている。柔和で人好きのする容貌が、今は暗く沈んでいた。

「実は、例の(もの)()のことで……行方を追っていた商人が、捕らえられたのでございます」

「!」

例の(もの)()、とは――今年の春、重衡をかどわかした大ねずみの化け物のことだ。

その正体は落ちぶれた貴族の女で、駆けつけた重盛と清盛の手によって退治された。それで事件は終わったかに見えたのだが。

念の為、女の周辺を洗い直してみたところ、気になる事実がひとつ出てきた。

 女の邸には、呉服や白粉(おしろい)を扱う商人が出入りしていた。それ自体は、京の貴族の家なら、別に珍しくもない。

 ただ、その商人の中に――身寄りのない子供を、謝礼をもらって貴族に斡旋する、いわば人買いまがいの連中が紛れていたのだ。

 あの女には、年若い少年を()でるという厄介な趣味があった。

 女のもとに売られた子供が居たのか。居たとしたら、その子供はどうなったのか。

 女の邸を探索しても、手がかりは得られなかった。故に重盛は武士たちに命じて、人買い商人の行方を追わせていたのだ。

その商人が捕らえられた。にも関わらず、実盛が暗い表情を浮かべている、ということは――。

「それで?わかったのか」

 子供たちの行方について、色々と嫌な想像が頭をもたげてくる。

「いえ――」

 幸い、実盛の答えは、重盛の想像とは違っていた。

 捕らえた商人が言うには、あの邸の女主人に、身寄りのない子供を売ったことは間違いないらしい。ただ、売っただけで、その後のことは知らない、と話しているのだそうだ。

「かなり厳しく取り調べたのでございますが、どうも嘘ではない様子で……」

「…………」

 重盛は両腕を組んで唸った。

「それと、これは五条(ごじょう)河原(がわら)の民から聞いた話なのですが」

 今年になって何度か、身寄りのない子供が姿を消す、ということが起きていたらしい。

 らしい、というのは、身寄りがないだけあって、確かな証言が得られなかったからだ。

 五条河原は、京の中でも特に貧しい人々が住む場所だ。

そこには、何らかの事情ですみかを追われた者、土地を捨てた農民など、寄る辺のない者たちが集まってくる。人が増えたり、逆に減ったりということも珍しくない。

「子供が消えたっていう、具体的な時期はわかってるのか?」

 重盛の問いに、うなずく実盛。

 春頃に2度、1ヵ月ほど前にも1度。その時は手の空いている大人で付近を探してみたものの、結局、子供の行方はわからなかったそうだ。

「1ヵ月前、ってことは、例の物の怪は……」

 既にこの世には居ない。

「ただ、ひとつ……気になる話が……」

 実盛が言う。子供が姿を消したのとちょうど同じ頃、夜の河原で、怪しい男を見た者が居るのだ、と。

 その男は、河原に似つかわしくない高貴な身なりをしており、(おぼろ)な月明かりの(もと)で笛を奏でていた。

 怪しいといえば、確かに怪しい。……まあ、どこぞの貴族が、酔って散歩していただけかもしれないが。

「例の商人については、引き続き調べさせております。まずはご一報まで、と参上した次第。何かわかりましたら、すぐにお知らせ致しますので」

「……ああ。頼んだ」

 重盛は腕組みを解いた。

「人買い野郎の件もそうだが、街中(まちなか)での聞き込みも続けてくれ。何か新しい話が出てくるかもしれないからな」

「は。では、(それがし)はこれにて」

 実盛は一礼して部屋を出て行った。

1人になった重盛は、しばし物思いにふけった。

 子供が消える。正直、嫌な事件だ。いや、まだはっきり事件と決まったわけではないが。

 胸の内がざわめいている。

この京で、何かよくないことが起きようとしている――そんな予感があった。




第五話 五条河原にて に進む



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