平家(へいけ)鬼子(おにご) 一、(わらし)(まい) (2)


 宴席を出た重衡(しげひら)は、庭に下りた。

 今日は宴ゆえ、いつもより邸の中が騒々しい。あの兄のこと、どこか人の居ない場所で昼寝しているはずだ。

「兄上?」

 庭木の陰をのぞいてみる。

知盛の姿はない。さらさらと風に揺れる木々の梢が、代わりに返事をしただけだった。

「ここではないとすると……」

重衡は邸の中に引き返した。

兄の昼寝場所なら、いくつか知っている。風通しがよく、静かで、日当たりのよい所。

「兄上」

 中庭に面した廊下の奥で、重衡は足を止めた。

 知盛はここにも居ない。代わりに陽だまりの中で、白猫が1匹、寝そべっている。

 重衡はため息をついて引き返しかけた。すると、呼び止めるように白猫がにゃあと鳴いた。

 重衡は振り向いた。

「ああ、兄上。そこでしたか」

 よく見れば、衝立(ついたて)の陰に片足がのぞいている。

 今日は春にしては陽射しが強い。日の当たる場所ではなく、日陰で寝転んでいたのだ。

「……うるさい」

 返事はそっけなかった。返事、と呼ぶのもどうかというほどに。

「兄上を呼びに来たのです。私の代わりに舞っていただくために」

「なぜ……そんなことをせねばならん」

 知盛は衝立(ついたて)の陰に寝転んだまま、こちらに顔を見せようともしない。もしもこの場を通りかかる人があったなら、重衡が白猫に向かって話しかけていると思ったかもしれない。

「先日、兄上が私を突き落としてケガをさせたからです。お忘れですか」

「突き落としてはいない。……蹴り落とした」

「同じにございましょう」

「おまえが……つまらん真似をしたからだろう」

 そもそもの原因は、重衡の悪戯(いたずら)だった。寝ていた知盛の髪に、花を挿したのである。

「あれは、よくお似合いでした」

 むくりと、知盛が起き上がる。

現れたのは重衡と同じ、銀の髪に紫の瞳の少年である。背格好もほとんど変わらず、顔立ちもよく似ている。

しかし両者の間には、いくつかの相違点があった。

例えば銀色の髪は、重衡と違ってあまり手入れが行き届いておらず、寝癖がついている。

身にまとう狩衣の色は重衡と同じ白だが、(うちぎ)(はかま)は濃い紫。

そして何よりの違いは、その目だ。不機嫌そうに重衡を見据える瞳は、およそ子供らしからぬ冷たい光を放っている。

いつでも逃げられるように身構えながら、重衡は言った。

「先程、重盛兄上と母上に申し上げました。私の代わりに、兄上が舞って下さると。もはや手遅れでございます、兄上」

「いい度胸だな、重衡」

兄の口元に笑みが浮く。重衡はそろそろと後ずさった。

「何をなさるおつもりですか、兄上?」

「…………」

「また、私を蔵に閉じ込めるのですか」

「……いつ、そんなことをした」

「私が8つの時でございます。蔵に閉じ込めて、鍵をかけました。しかも、誰にもわからぬように。私は食べる物もなく、暖を取ることもできず、朝まで震えていなければなりませんでした」

「……覚えがないな」

と知盛は言った。

別にとぼけているわけではなく、本気で忘れているのだろう。重衡はむしろ安堵した。

「では、そうなったわけも――私が兄上にしたこともお忘れなのでございますね」

「……何をした」

「よいのです。お忘れならば、どうぞ一生お忘れのままでいて下さいませ」

 知盛が動いた。

 逃げようとした重衡を突き倒して馬乗りになり、背中から締め上げる。まさに一瞬の早業(はやわざ)だった。

「何やってんだ、おまえら」

 あきれたような声。

 いつのまにか、重盛がそこに立っていた。



第一話 童舞(3) に進む


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