平家の鬼子 〜空木(うつぎ)の章〜

 

第一話 小松(こまつ)殿(どの)の朝(2)

 

 朝食が終わると、小松家の子供たちは、待ちかねていたように知盛の周りを囲んだ。

 お目当ては無論、白猫である。

「知盛殿、猫、さわらせて!」

 清経が目をキラキラさせてせがむ。

 しかし当の白猫は、わんぱくなガキ供の玩具(おもちゃ)にされるなど御免(ごめん)(こうむ)るところだったのだろう。さっと逃げ出した。

「あ、待って!」

白猫は身軽に逃げ回る。捕まえようとする清経。一緒になって追いかける有盛。

「2人とも、いいかげんにしろ!」

と、さらにその後を追う資盛。

 楽しげな?追いかけっこを横目で眺めつつ、知盛は部屋の隅に寝転んだ。我が家に居るのと変わらぬ、くつろぎようである。

 重盛は寝ている知盛に近付いた。

「何があった?」

 知盛は寝転んだまま、こちらの顔を見上げてきた。

「別に、何も」

 前にもこんなやり取りをしたことがあったな、と重盛は思い出した。あれは今年の春。知盛が宴席で騒ぎを起こし、その罰で謹慎させられた時のことだ。

「言う気はないってことか?」

「…………」

「おまえ、義母上(ははうえ)にはちゃんと言ってきたんだろうな?」

「………………」

「まさか、黙って来たのか?」

意外だった。兄を兄とも思わぬ知盛も、実母の時子にだけは敬意を払う。

知盛はごろりと寝返りを打って、こちらに背を向けた。子供が拗ねているような態度が、知盛らしくない。

(いや、子供なんだけどな)

 まだ12歳である。頭の中身は大人以上でも、心――感情の方は、話が別だ。

(ふみ)を、置いて参りました」

 背中を向けたまま、知盛が言う。

 文を残して、黙って出てきた。……普通、それは家出というのではないか。

 困惑しながら、重盛は考えを巡らせた。

こいつが家を出てくる理由――ありそうなのは、弟の重衡(しげひら)との兄弟げんかか。

 いや、違う。

 その場合、家を出されるのは確実に重衡の方だ。

 邸で何かあったのか?知盛が家を出てくるような何かといえば……。

 ――だめだ。ここで考えていても(らち)が明かない。

 行って話を聞いてくるのが1番だろう。重盛は出掛けることにした。

 経子は濡れ縁に腰掛けて繕い物などしており、子供たちはまだ白猫と追いかけっこをしている。

維盛だけが、心配そうな顔で重盛の後についてきた。

「知盛殿はいったいどうなさったのでしょうか……」

 それはむしろ重盛の方が聞きたい。

「おまえらには何か言ってなかったか?」

 逆に尋ねると、維盛は申し訳なさそうに首を振った。 

「それが、わたくしたちには何も――」

 突然現れた知盛に、小松殿の兄弟たちも当然、何があったのかと事情を尋ねたそうだが、答えはなかったという。

「そうか。ま、何があったのかは、行って聞いてみりゃわかるだろ」

「お気をつけて、父上」

 維盛に見送られ、重盛は出掛けた。

 気楽な態度を装いつつ、胸の内では、何やら面倒なことになりそうな予感がしていた。




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