平家(へいけ)鬼子(おにご) 一、(わらし)(まい) (1)


 その日、平清盛(たいらのきよもり)邸では、盛大な花見の(うたげ)が催されていた。

 柔らかな日差しのもと、響き渡る楽の音、笑いさざめく人々の声。

 舞台の上で舞うのは、清盛の嫡孫(ちゃくそん)(これ)(もり)だ。

 (よわい)14歳。天冠に桜の花を挿し、薄化粧を施した横顔はまだあどけない。

 衣の袖をふわりと(ひるがえ)し、楽の音に乗って、優雅に舞っている。その姿は、さながら風に舞う一片(ひとひら)の花びらに似て、美しい。

 舞台と正対する位置には宴席が設けられている。

 中央に座すのは、言わずと知れた平清盛。(かたわ)らにその妻・時子。さらに嫡男・重盛(しげもり)と、弟の(むね)(もり)が並び、清盛の弟たち――(つね)(もり)(のり)(もり)(より)(もり)忠度(ただのり)と続く。

 また、時子の弟・(とき)(ただ)や、重盛の義兄・藤原(なり)(ちか)、あるいは清盛の(むすめ)婿(むこ)である坊門(ぼうもん)(のぶ)(たか)花山院兼(はなやまいんかね)(まさ)ら、平家と姻戚関係にある京の貴族らも顔をそろえている。その多くが、朝廷の重職を務める者たちだった。

 着飾った女たちの中には、清盛の娘・徳子の姿もあった。

まだ内密の話ではあるが、いずれ(きん)上帝(じょうてい)の后として宮中に上がることが決まっている。

徳子が皇子を授かれば、次代の帝は、平家の血を受け継ぐことになろう。

向かうところ敵なく、まさに我が世の春を迎えている平家一門であった。

「重盛殿」

 名を呼ばれて、ふと我に返る。振り向けば、義母(はは)・時子の優しいまなざしがそこにあった。

「維盛殿は立派になられましたね」

 不覚にも、我が子の晴れ姿に見とれていたようだ。時子に見抜かれて、重盛はバツの悪い思いを味わった。

「まだほんの子供ですよ。ゆうべも緊張して眠れないだの、腹が痛いだの……」

「清盛殿のお顔を見てごらんなさい」

 言われてそちらを見れば、舞台の維盛を見つめる父・清盛の横顔は、誇らしげに輝いていた。

さらに不覚なことに――目頭が熱くなった。

(俺も年かな)

と思う。

 重盛は現在三十代半ば。まだまだ老け込むには早い。

それでも、ふとした瞬間に年齢を意識するのは、そういう年になった、ということなのだろう。

「あー、そろそろ終わりますね。次に舞うのは……重衡(しげひら)、だったか?」

 重盛は宴席の隅を振り向いた。

 重衡(しげひら)が顔を上げる。重盛の腹違いの弟で、数え11歳になる。

 (つや)やかな銀の髪、透き通った紫の瞳。実の兄が言うのも何だが、まるで人形のように美しい。

身につけているのは、白の(かり)(ぎぬ)に、若草色の(うちぎ)(はかま)

正装というほど大げさな格好ではないが、少なくとも重盛よりはよほどさまになって見える。

 弟と違って、重盛は長身・精悍な体つきで、外見からして、いかにも武士である。

 今日は宴とあって(かり)(ぎぬ)など着てはみたものの、あまり似合っていないということは自分でもわかっている。

「どうした?準備はいいのか?」

 重盛が尋ねると、

「私は、今日は舞いませぬ」

と重衡は答えた。

「は?」

「重衡殿。もしやケガの具合が悪いのですか?」

 時子が心配そうな顔をする。

「いいえ、母上。足はもう痛みません」

「そういやおまえ、()(えん)から落ちたんだって?」

と重盛は言った。

 数日前、重衡は邸の中で右足を(くじ)くケガをした。

 原因は、いつもの兄弟げんかだと聞いている。1つ年上の兄・(とも)(もり)との。

「はい、兄上が悪いのです。ですから今日は責任をとって、代わりに舞うと仰いました」

「?」

 あの知盛に限って、そんな殊勝なことを言うはずがない。

「まあ、知盛殿が……」

時子も顔には出さないまでも、当然それはおかしいと感じていることだろう。

「で、その知盛はどこ行った?」

「知りませぬ。先程、『退屈だ』と出て行かれました」

「……探してこい」

「はい」

 重衡が立ち上がる。その後ろ姿が宴席を出て行くのを見届けてから、重盛は時子と顔を見合わせた。

「俺も行った方がいいですかね?」

 兄弟げんかなど別に珍しくもないが、先日の一件もある。またどちらかがケガでもすることになっては問題だ。

「だいじょうぶでございますよ」

と時子はほほえんだ。

 この落ち着き方は、母ならではか。重盛には真似できない。

 その時、拍手が沸き起こった。

 どうやら曲が終わったようだ。舞台の上で、維盛は宴席の人々に向かって、深々と礼をしていた。



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