還内府の章 九、一泊二日の旅(3)

 

 そして、翌日の昼過ぎ。あっけなく旅は終わった。

 目的地に着いたのである。

周囲を山々に囲まれた平地に、実物大の再現模型のような古風な町並みが広がっている。それが、噂に聞く『京』の都だった。

重衡率いる先遣隊は、町の南側から京に入り、そのまま平家の本拠地『六波羅』へと直行した。

早足で通り過ぎながら、将臣は町並みを眺めた。

ぱっと見の印象は、福原の町とそう変わらない。

こちらは平地で、あちらはやたら坂が多いというのを除けば、建物の形も、町の雰囲気も似たようなものだ。

おそらく庶民の住居なのだろう。粗末な板葺きの長屋が軒を連ねている。道は舗装などされておらず、人が歩くと、土ぼこりが半端ない。

町には当然、人通りがあり、武装した行列を遠巻きに眺めている。

質素で地味な着物に身を包んだ、男や女。子供や老人。

人の多さは、さすが都というだけはある。

少し進むと、粗末な長屋の代わりに、築地塀に囲まれた立派な邸が立ち並ぶようになった。

 こちらはさしずめ高級住宅街か。

 広い敷地に広い庭。中には車庫付きの邸もあり、自動車の代わりに牛車が止まっていた。

橋を1つ越えると、その先が六波羅だった。

 同行する武士たちとは、そこで別れた。重衡の案内で、平家一門の本邸だという大きな邸に連れて行かれる。

こちらも福原の邸とよく似ていた。

中心に大きな建物があり、付随する建物と渡り廊下でつながっている。

邸の南には広い庭があって、庭にはやたら大きな池がある。

土間のような場所に通され、

「まずは旅の疲れを休めてください」

と言って、重衡は姿を消した。

 入れ替わりに、使用人らしいおばさんが、たらいにお湯を持って現れた。

 足を洗い、旅の泥を落とすためのものである。宿場町でも経験していたので、将臣も心得えていた。

「自分でできますから」

と断ると、

「はいはい、お客人が遠慮しないで」

 おばさんは、こちらの言い分などお構いなしだった。

きびきびした動作で将臣の足元にたらいを置き、足を洗おうとして、ふと手を止める。

「あらまあ、妙な履き物だこと」

 将臣の姿を上から下まで眺めて、

「それに、おかしな着物だこと。しかもまあ、入道(にゅうどう)相国(しょうこく)様のお客人にしては、随分汚れなさって」

 客人と呼びつつ、遠慮なく言ってくれるものである。

 まあ、仕方ない。慣れない旅で、慣れない和服など着たくなかった将臣は、ひたすら自分の服で通してきた。

 さすがに色々と限界だ。いいかげん、こっちの服を着られるようにならなくては。

「足をすすぐより、湯浴みをしていただいた方がようございますね。すぐに支度しますから、ここでお待ちくださいな」

 一方的に言い放ち、おばさんは廊下の奥へと去っていった。

「はあ……」

 残された将臣は、ばったりとその場に倒れ込んだ。

「……疲れた」

 体力には自信がある、はずだった。

 それでも慣れない馬と徒歩の旅は、予想以上にきつかった。今はただ、冷たい床の感触が心地よい。

 ひっくり返って目を閉じていると、誰かに呼ばれた気がした。

福原でも、確かこんなことがあったような――。

 将臣は片目を開けた。しなやかな黒猫が1匹、じっと将臣の顔をのぞきこんでいた。

 白猫ではない。耳の先からしっぽの先端まで、余すところなく黒い。

 ここに居るということは、帝が会いたがっていた猫、なのだろうか。

「……揚羽(あげは)か?」

 ためしに名前を呼んでみると、黒猫はにゃあと鳴いた。それから軽く首をかしげて、将臣を見つめた。

「俺は将臣だ。しばらくここでやっかいになることになった」

 黒猫はフンフンと将臣の匂いを嗅いで、もう1度にゃあと鳴いた。

「ああ。……よろしくな」

 将臣は寝転がったまま、にやりとした。




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