還内府の章 七、門脇一家

 

 将臣が清盛と話しているところに、時子がやってきた。

「清盛殿。皆様がお見えに」

 どうやら来客を案内してきたらしい。枯れ木のように痩せた初老の男と、体のでかいひげのおっさん、それに、昨夜の宴で見事な琵琶を聞かせてくれた(つね)(まさ)と、背の高い若者が一緒だった。

「おお、そなたら、よう来たのう」

 上機嫌で客人を迎える清盛。

将臣が少し離れて様子を眺めていると、経正がこちらに気づいた。

「将臣殿」

 穏やかな微笑を浮かべて近付いてくる。もう1人の若い男も、一緒についてきた。

「少しよろしいでしょうか?」

「ああ、別にいいけど」

 答えながら、将臣はちらりと男に目をやった。

経正と同年代だろう。ややクセのある黒の短髪に、人懐っこそうな黒目がちの瞳。

 がっしりと肩幅が広く、見上げるほどの長身で、頭に乗せた烏帽子も小さく見える。

「こちらは(みち)(もり)殿(どの)です」

経正が男を紹介する。

「どーも、はじめまして」

適当に挨拶すると、男は笑い出した。

「顔覚えが悪いと言っていたのは本当だな」

 いきなり、ものすごい力で肩を張り飛ばされて、将臣はよろけた。

「おお、すまんすまん」

 言葉とは裏腹に、全く悪びれる素振りがない。

「だが、貴殿とは昨夜も会っておるぞ。(たいらの)(のり)(もり)一子(いっし)(みち)(もり)と申す」

「あー……そういえば」

 痛む肩をさすりつつ、将臣は思い出した。

挨拶してきた中に、そろいもそろって声と体が大きな、妙に体育会系の一家が居た。

父親の教盛というのが清盛の弟で――経正の父親も、確か清盛の弟だから――。

将臣は頭の中に人物相関図を描いてみた。

目の前に居る2人の関係は、つまり従兄弟(いとこ)同士。

聞けば、2人の父親が今夜、清盛と酒を飲む約束なので、供をしてきたのだという。

あっちで清盛と話し込んでいる痩せた初老の男と、体のでかいひげのおっさんが、その父親らしい。

「……って、きのうも飲んだよな?」

特に清盛など、かなり酔っていたはずだ。あれだけ飲んだら、普通は二日酔いだろう。

通盛は微妙な表情を浮かべた。

「まあ、我が親たちながら、どうかとは思うが」

 経正が控えめにフォローする。

「いよいよ福原を離れる日も近づいて参りましたので、名残を惜しむおつもりなのでしょう」

「そうだな。今夜は3人だけで……兄弟水入らずで飲むのだと言っていた」

 きのうは宴で、今日は飲み会とは、元気なおっさんたちだ。

 通盛は大きな手で頭をかきつつ、

「それなら俺たちは若い者同士、集まって飲むか、という話を今していたところなのだ」

「ええ。将臣殿も、よろしければご一緒にいかがですか?」

経正の誘いに、将臣は考え込んだ。

「あー、そうだな……」

 別に断る理由はない。強いて挙げるなら、酒が飲めない、ということくらいか……。

「知盛殿や重衡殿のこともお誘いするつもりです。宗盛殿は、まだ仕事が残っているので来られない、とのことでしたが」

「重衡なら、さっき出掛けたぞ」

 外出中に偶然聞いたとかいう、琴の音色の主を求めて。

あの様子では、しばらく帰って来ないかもしれない。音色の主とやらが、美女だったならば。

「そうですか……、それは残念ですね」

 経正はどことなく複雑な表情を浮かべた、

「実は、ここに来る前、(これ)(もり)殿のこともお誘いしたのですが、やはり都合が悪いと仰られて……」

「なんだ、維盛殿は来られぬのか。何か用事か?」

通盛が太い首をかしげる。

「いえ、そこまでは……」

口ごもる経正。もしかすると、都合が悪いのではなく、遠慮したのかもしれない。昨夜、宴の空気を悪くしたことを、まだ気に病んでいる、とか。

「……そういえば、(のり)(つね)殿は?ご一緒ではなかったのですか?」

 話題を変えようとしたのだろう。経正が発した問いに、なぜか通盛は顔をしかめて、

「それが、今日のあやつは、どうも様子がおかしくてな。朝から気もそぞろで、俺と父上が邸を出る前、どこかに出かけて行きおった」

「……ノリツネ?」

 どこかで聞いたような名前だ。

「っと、これか」

 例の手紙。色々あって、すっかり忘れていた。

「もしかして、これの差出人、あんたの身内か?」

 将臣が服のポケットから手紙を引っ張り出すと、通盛は怪訝な表情を浮かべた。

「教経は俺の弟だが……あやつが、貴殿に(ふみ)だと?いったい何の用件だ?」

「いや、俺には全く心当たりがないんだ。この世界の字も読めねえし」

「この世界??」

目を丸くする通盛。しかし、やがて合点がいったというように手を打って、

「そうか、伯父上が申されていたな。貴殿は、鬼や魔の住む異界から来られたのだと」

「……鬼や魔は住んでねえよ」

 だいぶ誤解されている。まあ、異界、などという言葉から思い浮かべるのは、そんなものかもしれない。

「すまぬが将臣殿、この文、読ませてもらってもよいだろうか?」

「ああ、頼む」

通盛が折り畳まれた紙を広げる。ざっと目で追ってから、声に出して読み上げる。

「……昨夜、聞き及びし貴殿の武勇の数々、(それがし)、大いに感服せり。ついては本日、(うま)(こく)、当方の邸まで来られたし。貴殿の剣技をこの目で拝見致したく(そうろう)……」

 何のことやら、わけがわからない。

「なんだ、そりゃ?果たし状みたいだな」

 将臣は軽い気持ちでそう言った。

しかし、2人は難しい顔をしている。経正が言いにくそうに、

「これは、その……果たし状ではないでしょうか」

「はああ!?

 将臣は叫んだ。

「ううむ。あやつは、将臣殿の剣技をじかに見たいと申しておったからな。しかし、いきなり呼び出しとは無礼な……」

通盛は手紙をにらみながら唸っている。

「ちょっと待てよ。俺の剣技……ってなんのことだ?」

 あいにく剣道の心得はない。しかし通盛はいかにも不思議そうに、

「謙遜することはあるまい。昨夜の宴で聞いたぞ。山ほどもある巨大な物の怪を一刀両断したとか、数十騎の山賊を1人で退治したとか」

 将臣は一瞬めまいを覚えた。

「……俺は、剣なんて握ったこともねえよ」

「なんと。それは真か?」

「いったいなんで、そんな話になったんだ――」

 人の噂など、いいかげんなものと相場は決まっているが……それにしても、度が過ぎている。

経正が気の毒そうに言った。

「おそらく、将臣殿が重盛殿に似ているという話から、そのような噂になったのでしょうね」

「どんな奴だよ、重盛ってのは」

「うむ、重盛殿は、それは強い男であった」

と通盛。

「弟は、昔から重盛殿の強さを目標にしておってな。それゆえ、このような文をよこしたのだろう。驚かせてしまって、すまなかった」

 大きな体を縮めて、将臣に頭を下げる。

「いや……別に謝ってもらうほどのことじゃないが」

「あやつには、俺からよく言っておくとしよう」

「そうしてもらえると助かる」

剣の達人と間違われて、勝負など挑まれてはかなわない。

 とりあえず一安心……かと思えば、経正はまだ難しい顔をしている。

(うま)(こく)、というと、既に過ぎておりますね」

 その言葉で、通盛が空を見る。

 将臣も見た。日の角度などから考えて、推定、2時から3時といったところ。

「ううむ。待ちかねたあやつが、太刀を持って押しかけてくるやもしれぬな」

 冗談、ではすまない話だ。

「まずいな。清盛伯父上のお客人に無礼を働いたとあっては、父上がどれほど怒り狂うか」

親子げんかの心配をするより、こっちの心配をしてもらいたい。

「仕方がない。俺が今から行って、話をしてこよう」

 通盛の言葉に、経正も深くうなずく。

「それがよいと思います。ですが、行き違いになる可能性もありますね」

「そうか。確かにそれもあり得るな」

 通盛はもう1度、将臣に頭を下げて、

「申し訳ない。俺と共に、邸まで来てはもらえぬだろうか」

「そりゃ、いいけどな……。あんたの弟は、いったい何を考えてんだよ」

「真に、詫びの言葉もない。あれは昔から思い込みの激しいところがあってなあ」

どうも、そのようである。

かくて将臣はまだ見ぬ教経に会いに行くことになった。

入れ違いになった時のことを考えて、経正にはここに残ってもらい、通盛の案内で出かけようとした……のだが。

「なんじゃおぬしら、どこへ行く?」

 こそこそとその場を離れようとした姿を、清盛に見咎められてしまった。

「あー、いえ、伯父上。別に何でもないのでございますよ」

 通盛がへらへら笑う。あからさまに怪しい。

「どこへ行く、と聞いておろう」

清盛の目付きが鋭くなった。

「その、邸に戻ろうと……」

「何を言っておる。たった今、来たばかりであろうが。しかもなぜ、将臣を連れていく?」

「いや、あの……」

 通盛は冷や汗をかいている。下手に口を挟むわけにもいかず、将臣は黙っていた。

 やがて、通盛がぽんと手を打った。

「おお、そうだ。邸に扇を忘れてきましてな。それを取りに行くところなのでございますよ」

 あまり出来のいい言い訳ではなかったらしい。清盛はますます怪しむように目を細め、

「ほう?扇とな。そなた、舞でも見せてくれるのか」

「それは、その……」

 再び言葉につまる通盛。

「……まあ、よい。ならば1人で行くがよい。将臣を置いてな」

「いや、しかし!将臣殿に来ていただかねば、教経の奴めが……」

 横で話を聞いていたひげのおっさんが、その時、動いた。

 ずい、と大きな体を乗り出すと、いきなり通盛の首根っこをひっつかむ。

「何の話だ!はっきり申さぬか!」

「あだだ!父上、落ち着いてくだされ〜!」

「貴様ら、いったい何をした!よもや、兄上のお客人に無礼を働いたのではあるまいな!」

 ぐいぐいと息子の首を締め上げる。

 将臣があっけにとられていると、

「何があった?」

と清盛が聞いてきた。

「何って……それより、あっちは放っておいてもいいのか?」

 もみ合っている親子を指差す。しかし清盛は平然と、

「そなたが気にかける必要はない。それより、何があった?」

 繰り返し問われて、将臣は口ごもった。

 言ってしまっていいのだろうか。通盛は父親に首を締められてそれどころではないので、将臣は経正を見た。

しかし、経正は経正で、やはり自分の父親に問いつめられている。

 仕方なく、将臣は話した。通盛の弟・教経から、果たし状めいた文をもらったこと。

 清盛は納得の表情を浮かべた。

「なるほど。教経ならば、やりかねんな」

「……やりかねないのか?」

「己を鍛えることに飢えている男だからの。太刀でも弓でも、強い者が居る、と聞けば挑んでいきおる」

武術マニアか何かなのだろうか、それは。

「俺は剣なんて使えないし、ひとまず本人の所に行って、誤解を解こうって話になったんだが……」

「その必要はない」

 そう言って、清盛はあさっての方に視線を向けた。

「どうやら、その当人が現れたようだからの」

 清盛の視線の先。思わず目を見張るような巨漢が、のっしのっしとこちらに歩いてくるところだった。

身長ではわずかに通盛に劣るも、体の厚みでは上だろう。経正と比べるなら、優に3倍はある、ように見える。

濃紺の着物に同色の袴。肩より長い黒髪を振り乱し、黒い瞳を爛々(らんらん)と輝かせている。

ぱっと見、野獣のような男だ。狼か、熊か――要するに、肉食獣系の。

「おお、伯父上!それに将臣殿!」

 男が怒鳴った。

 いや、もしかすると普通にしゃべったつもりだったのかもしれないが、辺りに響き渡るほどの大声だった。

 もみ合っていたおっさんと通盛も振り返る。そして同時に男の名をつぶやく。

『教経――』

「父上、兄上。どうなされた?」

「この大馬鹿者!」

 おっさんが通盛を放り出し、男の首にヘッドロックをかけた。

「父上、何をなさる?これは何事でござるか」

 目をシロクロさせる男。しかし、のんびりした話し方のせいで、どこか余裕があるようにも見える。

「聞いたぞ!兄上のお客人に対し、果たし状を送りつけるとは何事だ!」

「果たし状??」

「とぼけるな!ええい、かくなる上は、その愚かな頭を切り落としてくれるわ――」

 腰の刀を抜こうとするおっさんを、通盛が背中から羽交い絞めにする。

「父上、なりませぬ!御所(ごしょ)で刀を抜くなど!」

「ええい放せ、放さぬかー!」

 暴れるおっさん。完全に頭に血が上っているのか、制止の声も耳に入っていない様子だ。

「いいかげんにせぬか、このたわけが!!

 清盛が一喝する。

 どうやら、その声だけは聞こえたらしい。ぴたりとおっさんの動きが止まる。

「兄上、どうかお許しを」

似てない兄弟だな、と将臣は思った。

 顔立ちはまるで違うし、体格なら弟の方がはるかに(まさ)っている。しかし兄を見下ろすその目は、すがるような哀願のまなざしだった。

「息子の不始末は、己の不始末。このままでは、武士としての面目が――」

「ええい、黙れ。教経、そなたも何とか申さぬか」

 清盛に話を振られて、男は頭をかいた。

「はあ。何とか、と申されましても、俺には何のことやら……」

「とぼけるな!」

再び逆上したおっさんが、ついに刀を抜いてぶん回す。

「父上、おやめくださ……おごっ!」

止めようとした通盛の顔に、おっさんの肘打ちがまともに入った。

「やめんか、馬鹿供!客人の前で、見苦しい振る舞いをするでない!」

 清盛が声を張り上げる。

「将臣殿、ここは危険です。どうかこちらに」

 経正に服の袖を引かれて、将臣は少しだけ騒ぎの現場から遠ざかった。

「だいじょうぶなのかよ?あれ」

「はい。おそらくは、清盛伯父上と父上が何とかなさるでしょう」

 経正は意外に落ち着いている。いったいどうやって何とかするのか、将臣には見当がつかない。

その時、背後で笑い声がした。

「クッ……」

 見れば、知盛だった。いつからそこに居たのか、騒ぎの様子を愉快そうに眺めている。

「随分、にぎやかじゃないか……」

「にぎやか、ですむ問題じゃねえだろ」

 将臣はあきれた。この状況で、他に感想はないのかと聞きたい。

 知盛が将臣を見る。皮肉っぽく目を細めて、

「何があった――と聞いてほしいのか?」

「何がって……」

一言で説明するのは難しい。言いよどむ将臣に代わって、経正が口をひらいた。

「実は、教経殿が、将臣殿に果たし状を出されたのです」

「ほう?」

 知盛が片方の眉を持ち上げる。

「昨夜の宴で、将臣殿がお強いという噂を耳にされたようで。是非、その剣技を見たいと――それを知った教盛叔父上が、かようにお怒りになっておられるのですが」

「なるほど……」

「だから、なるほど、じゃねえだろ。なんでこの状況で落ち着いてられるんだよ?」

将臣のセリフを無視して、知盛は言った。

「つまり、原因はおまえだ、と」

「違う……ってこともねえか」

事の始まりは、自分が受け取った文にある、らしい。

「……俺が止めた方がいいのか?」

 知盛は返事の代わりに、ゆっくりと首を巡らせた。その視線が、庭に面した廊下の辺りで止まる。

「放っておけばいいさ。……いい余興だ」

いつのまにか、白猫を抱いた帝が、そこに立っていた。

 大きな体で取っ組み合っている大人たちを見て、何かの遊びだと思ったのかもしれない。

「みんながんばれー!」

と楽しそうに手を叩きながら声援を送っている。

 騒ぎに気づいたのか、邸の使用人や武士たちも集まってきている。

そして、止めに入るでもなく、遠巻きに様子を見つめている。

「余興、なのか?」

 だとしたら、この世界の人間の考えることはよくわからない。

「知盛殿の仰る通りかもしれませんね」

経正まで、理解に苦しむことを言い出した。

「邸の中がにぎやかで――伯父上も、父上たちも、皆、楽しそうで――」

 将臣の目には、修羅場にしか見えないが。

「重盛殿がいらっしゃった頃を思い出します」

だから、重盛ってのはどんな男だ。

と、将臣は声には出さずに思った。




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