還内府の章 六、一門の引越し(2)

 

(あいつら、今頃どうしてっかな……)

 無駄に長い廊下を引き返しながら、将臣は望美と譲のことを考えていた。

 この世界に来てから、既に3日が経とうとしている。

 自分で経験したからわかる。たった1日でも、見知らぬ場所で生きるというのは(なま)(やさ)しいことではない。

 望美たちが辛い目にあっていないか。全く心配していないと言ったら、嘘になる。

 ただ――なんとなくだが、2人は無事でいる気がしていた。

 譲はしっかり者だし、望美もああ見えて変にたくましいところがある。

(考えててもしょうがねえか。やれることからやってかねえと)

 まずは清盛に会い、事情を話すことだ。

幸い、清盛はすぐに見つかった。引越しの準備だろうか。庭先で荷造りをしている男たちに向かって、何やら大声で指示を出している。

輿(こし)も車も、曇り1つ残さず磨き上げよ!粗相(そそう)は許さぬ!京の者どもに、我が一門の力を見せつけてやるのだ!」

 荷造り、と思ったのは将臣の勘違いで、近付いてみると、男たちは何かを磨いていた。

 将臣が初めて目にする何か――。

一辺が1.5メートルほどの、箱型の物体だった。

祭りの時にかつぐお神輿(みこし)に似ているかもしれない。

四角い本体に長い持ち手が取り付けられており、金箔(きんぱく)(うるし)、色とりどりの(ひも)や鈴などで飾り付けられている。天辺(てっぺん)には、大きな金色の花が乗っていた。

「どうした?将臣。何ぞ用か」

 清盛がこちらに気づいた。

「ああ。頼みたいことがあって」

「なんじゃ。申してみよ」

 将臣は軽く息を吸い、姿勢を正した。

「ずうずうしいのは承知だが……俺も、その『京』って所に一緒に連れていってくれないか」

 何を今更、と清盛が顔をしかめる。

「左様なことは当然であろう。そなたの乗る輿も用意したぞ」

「あー、それで、な。実はもう1つ頼みが……」

 清盛は聞いていなかった。

「ちょうどよい。ここに持って参れ!」

 庭先の男たちに向かって命じる。ははっと声を上げて、男たちが飛んでいく。

間もなく、4人がかりでかついで持ってきたのは、庭先に置いてあるのと同じ、箱型の物体だった。

大きさも飾りもほとんど同じ。ただ、金色の花だけはついていない。

「……なんだ、これ?」

「これが輿というものよ。福原から京まで、そなたにはこれで行ってもらおうと思うてな」

清盛のセリフから察するに、乗り物の一種なのか。

 将臣は想像してみた。

 前後左右を男たちにかつがれ、ねり歩く自分の姿。

 ……さながら市中(しちゅう)引き回しの刑だ。望美が見たら、間違いなく笑う。

「冗談、だよな?」

「なんじゃ、気に入らんのか?」

 清盛が言う。どう見ても本気の顔だ。

「待て、待ってくれ」

将臣は大いに慌てた。

「こんなもんに乗ったら注目の(まと)だろ。もっと違うのはないのか。せめて、もうちょっと地味なのは」

 清盛が黙り込む。それを見て、輿をかついだ男たちの顔に緊張が走る。

もしや、気を悪くさせただろうか。

「クッ……ハハハハハハ」

急に、清盛が笑い出した。驚く将臣の前で、ひとしきり声を上げて笑って、

「まったく……何故(なにゆえ)そなたの申すことは、こうも重盛に似ておるのかのう」

「?」

「あれも人前で目立つのは好かなんだ。我の好むものは派手過ぎると、いつも文句ばかり言うておったわ」

 将臣はもう1度、輿を見た。悪趣味とは言わないが、確かに派手だ。

「気持ちはわからなくもないな……」

「生意気を言いおって」

 清盛がにやりとする。

「輿が嫌ならばどうする。牛車に乗るか?」

「ギッシャ?ああ、『牛車』か……」

 それなら知っている。牛が引く箱車のことだ。

なぜ知っていたのかといえば、望美が持っているお(ひな)(さま)の飾りの中に、それがあったから。

もとは祖母のスミレの持ち物だった。有川家に女の子が居なかったので、隣家の望美に譲ることになったのである。

 ()(づら)(かご)、牛の引く奇妙な乗り物、箪笥(たんす)に鏡。

一緒に飾り付けを手伝いながら、祖母は1つ1つ手にとって説明してくれた。大して興味もなかった将臣は、ほとんど上の空だったが……。

「普通に、歩くとかじゃだめなのか?」

 この分だと、牛車も派手派手に飾りつけられていそうな気がする。

「何を申すか。客人を歩かせられるわけがなかろう」

「…………」

「牛車も嫌なのか?」

「嫌ってわけじゃないが……ほら、あれだ。牛車って、慣れないと酔うんだろ?」

 それも確か、祖母が言っていたのだ。

 意外に揺れがひどく、酔ってしまったこともあると……考えてみれば、祖母はいつどこで、そんなものに乗ったのだろう。

「案ずることはない。そなたの身の回りのことは、この者らにつきっきりで世話させる」

 清盛が手を打った。

 すると、廊下の先から、十二単(じゅうにひとえ)の女性たちが列をなして現れた。

全部で5人。目が合うと、にっこり、ほほえみかけてくる。

「そなた、旅には慣れておるまい。万一のことがあっては困るでの」

「はあ?……おい、ちょっと待てよ」

「他にも必要な物があればそろえさせるゆえ、何なりと言うがよい。遠慮は要らぬぞ」

「…………」

 そんな大げさな気遣いはいらない。普通に京まで連れていってもらえれば十分だ。

 しかし清盛は良かれと思ってやっているようだし、はっきり言うのも悪い気がする。

「あー……、サンキュ」

 礼の言葉は通じたようだ。清盛は満足げに笑みを浮かべた。

「なに、礼などいらぬ。それで、用件は(しま)いか?」

 終いではない。むしろここからが本題である。

「実は、今まで黙ってたんだが……」

将臣はかくかくしかじかと事情を話した。自分はもともと1人だったわけではなく、この世界に来た時はぐれた連れが居るのだと。

話を聞き終えた清盛は、なぜか不機嫌そうに鼻を鳴らした。

「左様なことは、実盛からとうに聞いておる」

「は?」

「当然であろう。あやつは我が家人(けにん)。その上、そなたのことは委細漏らさず報告するよう命じてある」

 言われてみれば、別に口止めもしていなかった。

 将臣が拍子抜けしていると、清盛はじろりとにらんできた。

「我に直接言わなんだのは気に入らぬがの。そなた、我よりあやつを信用しておるのか?」

「あ、いや。別にそういうわけじゃ――」

 ない、こともない。

 何しろ清盛とは、出会いが出会いだ。心から信じることができるかと聞かれれば、まだ微妙な面もある。

「まあよい、許す。そなたも異界より招かれたばかりで、混乱もあったじゃろうからな」

 そうは言っても、助けた人間に疑われたのでは気分も悪かろう。多少、気まずくなった将臣は、

「……わり」

と頭を下げた。

「もうよいと申しておろう。その代わり、次からは何かあったら、まず我に話せ。よいな」

「……ああ、わかった。できるだけそうする」

 将臣は神妙にうなずいた。

「うむ、それでよい」

 清盛の顔に笑みが浮く。どうやら機嫌は直ったようだ。

「……で、俺の連れを探す件なんだが……」

 将臣の言葉を遮り、

「案ずるな。一門の力を以ってすれば、人探しなどたやすいこと。そなたは何もせずに待っておればよいのだ」

 清盛は自信たっぷり言い切った。

「それより、当面の問題は、いかにしてそなたを京まで運ぶかよ。牛車も嫌というなら、誰かの馬に乗って行くか?」

 その話はまだ続くのか。微妙にげんなりしつつ、将臣は考えていた。

 望美たちが見つかるかどうかはわからない。それでも、力になってくれる人間が居るというだけで心強い。

 いきなり異世界に飛ばされたことは、間違いなく災難である。しかし、そこで清盛らに出会えたことは、おそらく、幸運と呼んでいいものなのだろうと。



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