還内府の章 五、平家一門の宴(1)

 

 ――で、夜。

 ずらりと居並ぶ『平家一門』の武士たちを前に、将臣は自分の考えの甘さを思い知っていた。

 軽く百人は居るだろう。宴の席で刀こそ差していないが、精悍(せいかん)な顔付きに、鍛え抜かれた体躯の男たちだ。

年齢はバラバラ。ほとんどが実盛と似たような服装をしていた。つまり着物に袴、烏帽子(えぼし)という姿だ。着物の色は青や紺、枯葉色などが多い。

 部屋の奥に悠然と座し、集まった武士たちを睥睨(へいげい)する清盛。

 よりによって、そのすぐ隣りに、将臣は座らされていた。当然、部屋中の注目を集めている。あからさまにじろじろ見られているわけではないが、先程からずっと、視線を感じている。

 こちら側には帝と、その母親も居る。

 帝イコール天皇、というのは、さっき清盛に紹介されて、ようやく気づいた。

 2人の席は、いわゆる貴賓席なのだろう。部屋の奥まった場所に細長い台を組み、薄布を張って、その中に座っている。『御張(みちょう)(だい)』とかいうそうだ。

 帝は宴が始まる前から、既に眠そうだった。

 その母親は、清盛の娘で、先帝の后で――つまり本来ならば、気安く顔を見ることのできない相手らしい。

将臣は先程、顔を見た。線の細い印象の女性だった。やや体調を崩しているとかで、時子がそばに付き添っていた。

 3人の姿は、今は薄布の向こうに影となって見えるだけだ。

「皆、よう集った!」

 清盛の声が響く。広い部屋の隅々まで。

「知っての通り、我ら一門は、この新たな都を去ることとなった。畿内を騒がす賊徒どもを討ち果たし、東国の反逆者どもから帝をお守りするため、旧都へ――京へ戻らねばならぬ。今宵は最後の宴よ。だが、我はあきらめておらぬぞ!」

 そこでいっそう、声を張り上げる。

「この地は、遥か大陸へと続く海の道の始まり。賊徒どもの乱を平らげた暁には、再びこの福原が、我らの夢の都となろう。よいな、忘れるでないぞ!」

 居並ぶ武士たちが、ははっと声をそろえる。人数が人数だけに、部屋の空気が揺れるほどの大音量になった。

「必ずや、父上の御心のままに――」

武士たちの先頭に居る男が、そう言った。

 20代後半くらい、か。黒髪に黒い瞳で、地味な紺色の着物と袴を身につけている。

父上、というから息子なのだろうが、清盛にはあまり似ていない。いかにも生真面目そうな顔付きは、言葉を変えれば、やや神経質そうにも見えた。

 その男の後ろに、知盛が居る。大勢の中でも自然と目につくのは、やはり特徴的な銀髪のせいか。

もう1人、銀髪の奴が居た。知盛のさらに後ろ。遠目で見ても、顔立ちが似ている気がする。

 兄弟だろうか。

 よく見れば2人の他にも、色の薄い髪をした者がちらほら見受けられる。さすがに銀髪は居ないが、茶髪や栗色の髪をした武士たちだ。

(この時代に髪を染めるとか、色を抜くとかいうのは多分ねえよな……?)

 少なくとも、将臣は聞いたことがない。まあ、単に知らないだけ、という可能性はあるにしても。

異世界とかいう話は、案外本当なのだろうか?

「今宵は、我が一門のみの宴であるが……ここに、客人を1人迎えておる」

 将臣はぎくりと体を強張らせた。

「この者、有川将臣という。どうやら龍神の力によって、異界からやってきたらしい」

 今までよりも露骨に視線が集中する。

 将臣は、顔がひきつりそうになるのを、どうにかこらえた。

「当人には災難であるが、我ら一門にとっては僥倖(ぎょうこう)と呼ぶべきよの。(いくさ)も近いこの時期に――まるで、龍神が遣いをよこしたかのようではないか。我らの勝利は、龍神に約束されたも同じよ。のう?時忠」

「はっ、(まこと)に、義兄(あに)上の仰る通り」

 話を振られて、即座にうなずく。初老と呼ぶにはまだ早い、痩せた50絡みの男だった。

 ぱっと見にも、地位の高い人物であることが伺えた。

 白地に銀の縫取りが入った高価そうな着物。細面(ほそおもて)の上品な顔立ち。

 ただ、じろじろと値踏みするように将臣を見る目付きだけは、あまり上品とは言えない。

 清盛は男の答えに満足したようだった。軽くうなずいて、

「この者、見ての通り、亡き重盛の若き頃に生き写しである。皆、驚いたであろう」

 いかにも驚いたようにどよめく武士たち。どうでもいいが、さっきから反応の仕方がわざとらしいような。

 清盛はまた満足そうにうなずいて、誰かを探すように広間を見回した。

「――(これ)(もり)。維盛はどこにおる?」

「はっ……、ここにおります、おじいさま」

 答えた声の主は、末席に近い場所に座っていた。清盛に呼ばれて、こちらからも見える場所まで膝を進める。

 華やかな雰囲気をまとった青年だった。町を歩けば、老若男女を問わず、誰もが振り返るに違いない。

 長い栗色の巻き毛で、モデルと見紛うような端正な顔立ちをしている。

身にまとう着物は、淡い桜色。普通なら女性が身につけるような色合いだろうが、青年には実によく似合っている。

 体つきも細身でしなやか。無骨な武士たちの只中に居ると、その繊細な容姿がいっそう際立って見える。

 将臣はふと気づいた。

 青年の後ろに、実盛が居る。心配そうな目で、清盛と青年の様子を見比べている。

「どうじゃ、この男、そなたの父親によく似ておろう?」

「…………」

 青年はじっと将臣を見つめた。一瞬、何か言いたそうな顔をしたようにも見えたが、結局は黙って顔を伏せてしまう。

「どうした、何とか申せ」

「は……い。おじいさま。わたくしは……」

 尚も答えをためらってから、青年はようやく言った。

「申し訳ございません。わたくしには、よくわかりませぬ」

 清盛は明らかに気分を害したようだった。

「何じゃ、つまらぬ答えよのう」

 かすかなざわめきが起きた。中には、非難めいた目を青年に向けている者も居る。

 なんとなく、理由はわかる。

 この清盛という男、出会ったばかりの将臣の目で見ても、かなり気分屋なところがある。

 わざわざ機嫌を損ねるな、空気を読め――と言いたいわけだ。

だが、青年はおそらく、自分の心に嘘をついていない。むしろ誠実に答えようとして、言葉を選んでいたように見える。

 2人のやり取りを後ろで見ていた実盛も、黙ってはいられなかったらしい。

大殿(おおとの)。維盛様が仰られているのは、その……将臣殿がお若い方ゆえ、亡き殿――重盛様と比べるのは難しいと、そういった意味では」

 しかし清盛は、実盛の取り成しにもそっけなく、

「ならば、自分の口で申せ。他人の口を借りずにな」

 気まずい沈黙。

 それを解いたのは、時子の穏やかな声だった。

「何をお怒りでございますか?清盛殿」

 いつのまにか、御帳台から出てきたらしい。清盛の横に膝をつき、

「さようなお声を上げては、将臣殿が驚かれましょうに」

「む……、そうじゃな。気を悪くするでないぞ、将臣」

「いや、俺はいいんだが……」

 気を悪くしたのは、どう考えても自分ではなく、あの青年の方ではないのか。

「もうよい。下がれ、維盛」

「……はい、おじいさま」

 青年の姿が見えなくなる。

(後で謝っといた方がいいかもな)

 何をどう謝るのかはともかくとして、フォローの必要性は感じる。

「そう硬くなるでない。今宵は、そなたのための宴ぞ」

 将臣の複雑な表情を、清盛はかなり誤解したらしい。自分のための宴、というのは正直、勘弁してほしいのだが。

「まずは、皆を紹介しておくかの」

 紹介?まさか、ここに居る全員をか?

 顔覚えの悪さには自信がある。例えば新学期の顔合わせなどで、延々と続く自己紹介というやつも苦手だ。大抵の場合、途中で寝てしまう。

 清盛は武士たちの先頭に居る男を指差し、

「それが(むね)(もり)。一門の総領(そうりょう)――つまり跡取り息子よ。気が小さいのが珠に傷じゃが、まあそれなりに働くでな」

 頬の辺りをぴくりとひきつらせてから、宗盛はこちらに頭を下げてきた。

「挨拶致せ、宗盛」

「はっ……父上」

「ちょっと待った」

 将臣は慌ててストップをかけた。

「悪い。そういうのは手短に頼む。長々と挨拶されても、覚えてられねえし。とりあえず――あんたは宗盛ってんだな。わかった。で、次は?」

 唖然。

 宗盛はじめ、その場に居るほぼ全員が言葉を失う。

「クッ……」

「兄上、いけません」

 例外は、口元を押さえて笑いをこらえている知盛と、それを小声で(いさ)めようとする、もう1人の銀髪の男。

 それに、清盛と時子だった。

「ははは、そうか、苦手か。なるほどな」

「清盛殿。そろそろ宴を始めてはいかがでしょうか?」

時子の言葉に、清盛は機嫌よくうなずいた。

「そうじゃな、話が長くなった。挨拶など後でもよい。各々、済ませておくようにな。では、宴じゃ!」

 ――というわけで、宴が始まった。

 料理に舞に音楽……と、およそ『宴』という言葉から想像できる通りのものだった。

 最初のうちは物珍しさもあって、それなりに楽しめた。

が、清盛の言葉通りに、一門の人々がぞろぞろと挨拶に来るのには辟易(へきえき)した。

 しかも、言うことはだいたい同じ。

 龍神の遣いと持ち上げ、重盛に似ていると感心する。その言葉も、どこか空々しい。

 できれば、あの維盛という青年と話がしたかった。

 頃合を見て抜け出そうかと考え始めていた時、やや毛色の違う相手が将臣の前に現れた。

 茶髪で、穏やかなまなざしと、丁寧な物腰が印象的な青年だった。

(たいらの)(つね)(もり)一子(いっし)(つね)(まさ)と申します」

経盛、というのはさっき挨拶された気がする。確か清盛の弟だと言っていた。弟の息子なら、つまり甥か。どうも似たような名前ばかりで覚えにくい。

「ああ、よろしく」

 いい加減、挨拶に飽きていた将臣は、かなりぞんざいに答えた。

 経正と名乗った男は、かすかにほほえんだ。

 年齢は20代で間違いないだろう。

 控えめな空気にふさわしく、上品な白茶の着物を着ている。一見地味だが、内に重ね着しているのは鮮やかな赤。

その対比が、目の前に居る男の人柄をなんとなく想像させる。穏やかな中にも、秘めた強さ。まっすぐな意志。

「お疲れのようですね」

と経正は言った。

「……まあな。こういうのは、慣れてないんで」

「異界では、こうした宴はひらかぬものなのですか?」

「パーティーとかはあるが……」

「ぱあてぃ?」

「あー、つまりな。慣れてないって言ったのは……」

 無駄にちやほやされたり、やたら注目されたりする方なのだが、それを言ったら失礼に当たるだろう。

 経正は察したようだった。

「伯父上のお客人ゆえ、皆、放っておけないのでしょうね」

「清盛ってのは、やっぱり偉い奴なのか?」

 将臣の問いに、少しだけ不思議そうな顔をしてから、経正はうなずいた。

「はい。伯父上は、武家の生まれでありながら、臣下の最高位――太政大臣の地位にまで上られた方です」

「はあ、大臣か。それで機嫌損ねたくない、ってことか?」

「と、申しますか……」

 経正の瞳が陰った。将臣の不躾(ぶしつけ)な物言いにあきれた、というわけではなかったらしい。

「このところの伯父上は……あまり、伯父上らしくなかったので」

「らしくない?」

「……よくないことばかりが続きましたので、ご心労が積もっておいでだったのでしょう」

 経正は曖昧に言葉を濁した。そういえば、昨夜、時子も似たようなことを言っていた気がする。

「ですから、今日は久しぶりに伯父上の笑顔を見られて、ようございました」

「ここにおったか、経正!探したぞ!」

 噂の清盛がやってきた。既にだいぶ酒が入っていると見えて、顔が赤い。

「伯父上。ご挨拶が遅れまして、申し訳ございません」

「よい。将臣もおったのじゃな。宴は楽しんでおるか?」

「ま、それなりにな」

と将臣はごまかした。

「嘘をつくでない。退屈していたと顔に書いてある。まったく、飽きっぽいところまで重盛に似ておるのう」

 ばしばしと気安く将臣の肩を叩く。

「あんた、だいじょうぶか?かなり酔ってるだろ」

「なんの、これしき。それよりも、経正。皆、ほどよく酒の入った頃合であろう。一曲聞かせよ」

 経正はにこやかにうなずいた。

「はい。伯父上の仰せのままに」

「将臣も聞くがよい。経正の琵琶は、都随一の腕前であるぞ」

「……びわ?」

「いえ。わたくしなど、まだまだ未熟者にございます」

経正は笑って否定したが、どうもそのセリフは謙遜だったらしい。

一旦、席を外した彼が、見慣れない楽器を持って戻ってくると、ばらばらに宴に興じていた人々が自然と集まってきた。

 清盛に引っ張られて、将臣も最前列に座らされた。

 内心、不安だった。

 もしも退屈な演奏だったら――寝てしまいかねない。

 そんな心配をしていただけに、経正の奏でる最初の一音で、いきなり頭を殴られたような衝撃を受けた。

 琵琶という名の楽器は、例えるならギターに似ていた。

 胴の部分が太くなっており、弦が張ってある。それを指先で爪弾(つまび)くのではなく、三味線のように(ばち)で弾く。

穏やかな人柄に似合わない、叩きつけるような、迫り来るような、激しい音色――。

 経正が弾き終えた時、思わず「ブラボー!」と叫んで手を叩いていた。

 やってから後悔したが。

 皆、ぽかんと口を開けて将臣を見ている。

 沈黙を破ってくれたのは経正だった。不思議そうに目を丸くして、

「それは、どういった……?将臣殿の世界の言葉ですか?」

「あー、いや、その……」

 将臣は頭をかいた。

「つまり……いい演奏だった。そういうことだ」

 経正はにっこりした。

「お褒めいただき、恐縮です」

「ついでに、アンコール、いいか」

「あんこおる?」

「もう1曲頼む、って意味だ」

 経正はまたにっこりして、

「承知致しました」

と演奏を始めた。

 今度は一転、静かな曲だった。

 悲しげで、どこか切ない音色が、郷愁をかき立てる。

 故郷を遠く離れている今の将臣にとっては、少しばかり辛い曲だった。

(あ……ヤバイ。涙腺、きそうだ)

 ぐっと込み上げてくるものをこらえ、耳を傾ける。

 演奏の後、一門の人々が経正を囲んで誉めそやす中、将臣はそっと広間を抜け出した。



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