還内府の章 四、真冬の花

 

 夜まではまだ時間がある。

 ゆるりと過ごせと言われた将臣は、適当に邸の中をぶらぶらした。

(しっかし……広い邸だな)

 ただ見て回るだけでも、軽く半日はかかりそうだ。

 将臣の生まれ故郷は、神奈川県鎌倉市。長い歴史を持つ街であるから、古い寺や建物など、幼い頃から目にする機会も多かった。

 それらと似ているような、違うような。

 床の位置が高く、壁や仕切りが少ない。開放的で風通しがよく――ふと、甘い香りがした。

(ん……何だ?)

 誘われるように、将臣は廊下の奥へと足を向けた。

 やがて、中庭のような場所に出る。

 右手に赤く色づいたもみじ。

左手には、藤棚があった。薄紫の房状の花が、棚から吊り下がっている。たわわに実るぶどうのように。

 草木は青々と茂り、地面には水路が引かれ、赤や黄色の花々が咲き乱れている。

「……何だ、これ」

 将臣は呆然とつぶやいた。

今は冬である。表の庭は、もっと色彩が乏しかったはずだ。

いや、それよりも、藤棚というのは、紅葉の季節に花をつけるものだったか。

他にも、桔梗(ききょう)(すみれ)、白梅……。名前がわかるものだけでも、およそ咲く時期を間違えたような花々が見受けられる。

ふと、将臣は気づいた。

誰かに見られている。

 はっきり視線を感じるのに、相手の気配がない。まるで、物陰から獲物を伺う猫のような――。

「何だ、そこに居たのか」

 衝立(ついたて)の陰に、青い着物の子供が隠れていた。気配を感じなかったのではなく、相手の存在感が小さ過ぎたのだ。

まだ4、5歳だろう。赤味がかった茶色の髪に、飾りのついた黒い帽子を乗っけている。

利発そうな少年だった。子供特有の集中力で、じっと穴が開くほど将臣を見つめている。

 その足元に、白猫が1匹。こちらもじっと将臣の様子を伺っている。

「どうした、俺に何か用か?」

 将臣が声をかけると、少年は怖がりもせず近付いてきた。そして言った。

「そなたが異界より参った客人であるか?」

「は?」

「うむ、おじいさまの仰る通りだ。我らと同じ姿をしているのだな。(つの)尻尾(しっぽ)もない。羽も生えておらぬな」

 子供らしからぬ尊大な話し振りが、誰かと似ている。

「おじいさま?あー、もしかして……清盛か?」

「うむ。左様」

「そっか。おまえ、あの人の孫か」

 少年は小さな体を反らして、得意げに胸を張った。

「我は帝である!かしこまるがよいぞ」

「ミカドってのか?俺は将臣だ」

 将臣は軽い気持ちで名乗った。

 まさか、目の前に居るのが時の天皇、安徳帝その人であるなどとは思いもしなかった。

「よろしく頼むぞ、将臣殿」

 将臣は感心した。

 この年で(すで)に言語明瞭とは大したものだ。将臣殿、なんて普通、幼児には発音するだけでも難しかろうに。

「して、異界とはいかなる所であるか?鬼や魔物が住んでおるのか?月から人が下りてくるのか?空飛ぶ船があるか?」

帝は興味津々、将臣の顔を見上げてきた。

「落ち着け。期待を裏切って悪いが、そういうのは……いや、空飛ぶ乗り物ならあるな」

「本当か!?

「あと、月から人が来るんじゃなくて、月に行った人が居るんだよ」

 帝が大きな瞳を見開く。

「なんと。そういうのは、えーと、キッカイとかメンヨウと言うのではなかったか」

「よくわからんが、無理すんな。普通に不思議って言えばいいだろ」

 将臣が言うと、帝は笑ってうなずいた。

「うむ。フシギじゃ」

「不思議なのは、この庭もだけどな。季節感、無視し過ぎだろ」

 将臣はあらためて奇妙な庭を眺めた。帝はまた尊大に胸を張り、

「この庭がフシギであるか。おじいさまが私と母上のために整えて下さったのだ」

「普通、真冬にここまでの花は咲かないよな……?」

 将臣が首をひねっていると、

「五行の力なのだ」

と帝が言った。

「ゴギョウ?」

「うむ。五行を使えば、冬でも花を咲かせられるのだと、おじいさまが言った」

「……魔法みたいなもんか?」

 今度は帝の方が、将臣の言葉に首をひねる番だった。

「マホウとは、そなたの世界の五行であるか?」

「いや、俺の世界のものってわけじゃなくてな。ゲームとかフィクションの……」

「げえむ?ふぃくしょん?」

「話がややこしくなるな。要するに、あれだ。本当のものじゃなくて、作りものだ」

 将臣の色々すっ飛ばした説明に、なぜか帝は納得したようにうなずいた。

「そうか。だが、この庭は作りものではないぞ。いつも温かくて、よい香りがする。私はここが好きなのだ」

「そういやここ、他の場所よりあったけえな」

 花は咲かせるためには、やはりある程度の気温が必要なのだろう。温室、というのを一瞬思い浮かべたが、この場所は風が通っている。

「そうなのだ。だからここは昼寝をするのによい、と(とも)(もり)殿(どの)が言った」

「誰だって?」

「知盛殿だ。たまにここで昼寝しておるのだ。いつも、その木の陰で――」

 帝が言い終わる前に、帝が指差した場所で、むくりと人影が起き上がった。

「知盛殿!」

 帝が嬉しそうに顔を輝かせる。

現れたのは男。年は二十歳(はたち)過ぎか。細い体に、いかにも高価そうな緋色の衣をまとっている。

将臣は少しばかり驚いた。男が現れたことに、ではない。その風貌に。

 ――銀色の髪。

いや髪だけではなく、瞳や肌も、全体的に色素が薄い。そのせいだろうか、どこか無機質で冷たい印象を受ける。

 氷のような……と言うと、少し違う。

 刃物のような……と言った方が近い。

 一見ゆったりした身のこなしには隙がなく、細身(ほそみ)だが華奢(きゃしゃ)ではない、引き締まった体躯(たいく)

将臣は別にけんか慣れしているわけではないが、男の空気に、なんとなくピンとくるものがあった。

 こいつは多分強い、と。

 男が近付いてくる。

足を止め、将臣を見る。まるで宝石のような紫の瞳――。

「異界からのお客人、か」

声は、どこか物憂げだった。

「……あんたは?」

「知盛殿なのだ」

 答えたのは帝だった。

男は無言で邸に上がってきた。足場が並ぶと、かなり上背がある。少なく見積もっても、180は超えているだろう。

「本当に昼寝してたんだな」

 感心しながら将臣が言うと、

「それが、何か?」

と聞き返された。

「いや。確かに、眠……く……」

 返事の途中で、あくびが出た。

 温かいのに風通しはよく、しかも心地よい草花の香り。将臣自身、妙に眠たくなってきた。

「この庭が気に入ったなら……好きなだけ、居ればいいさ」

 そう言って、男は立ち去る素振りを見せた。

「……あんたも同じ、か」

「?」

 将臣のつぶやきに、男が足を止める。

「いや、清盛にも似たようなこと言われたからな。好きなだけ居ればいい、って。ここの人たちは、なんつーか……俺のこと怪しいとか、胡散臭いとか思わねえのか。俺が異界から来たって聞いて」

 男は黙って将臣を見つめた。冷たく澄んだ紫の瞳に、自分の姿がうつし出されている。それはどこか現実味のない、奇妙な光景だった。

「なぜ……俺に聞く?父上に……清盛公にでも聞けばいいだろう?」

「いや、なぜってこともないが、なんとなく、な。とりあえず、目の前に居るからか」

 将臣のアバウトな返事をどう思ったのか、男はまたしばし沈黙した。

「…………。おまえの話が嘘でも真実でも……俺にはどうでもいいさ」

 やがて独り言のように口をひらく。

「……おまえが来たことが……父上にとっては、多分、良かったんだろうからな」

「?」

「真冬に花を咲かせられても、死んだ人間を生き返らせることは……できない」

 つぶやいて、庭を見て――もう1度、将臣の顔を見る。あとは無言で、廊下を歩いていった。

「知盛殿、どこへ行くのだ!?

 帝が叫ぶ。男は顔だけ振り向いて、

「寝場所を変えるだけですよ。ここは暑くなってきたので。共に、参られますか」

「うむ、行く!」

 帝は喜んで駆けていった。共に、というのは昼寝に誘っているのだろうか。

白猫もついていく。長い尾をゆらゆらと振りながら。

「では将臣殿、また会おう!」

 帝が振り向いて、手を上げる。

「ああ、またな」

 将臣も手を振った。

 廊下の角を曲がると、2人と1匹の姿は見えなくなった。

(……変な奴だったな)

 それが、男の――(たいらの)(とも)(もり)の、第一印象だった。

 清盛同様、歴史上の人物であり、源平合戦で活躍した1人であり、実はこの先、長い付き合いにもなるのだが――この時の将臣は、まだそれを知らなかった。




五、平家一門の宴 に進む



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