還内府の章 三十一、母と子(1)

 

 乞巧奠(きっこうでん)粛々(しゅくしゅく)と執り行われた。

日が落ちると、昼間のにぎわいから一転、(おごそ)かな静寂が内裏(だいり)を包んだ。無数の灯明(とうみょう)がともされ、不思議な香りのする香が焚かれ、内裏の東側の庭に用意された台座に、菓子や果物、金銀の針や五色の糸が供えらえる。

 針や糸は、手芸上達を織姫に願うためのものらしい。確かに織姫といえば機織(はたおり)のイメージがあるな、と晴れた夜空を見上げながら、将臣は思っていた。

 昼間の曇天が嘘のような星空だ。これなら織姫と彦星の逢瀬も適うに違いない。

 地上では、庭に設置された椅子に座って、帝が目を閉じている。

二星が無事に会えるよう、天に祈っているのだ。

帝のそばには、平家の人々をはじめ、(くらい)の高い貴族らが大勢控えていた。皆、きちんと正装し、烏帽子をかぶり、まっすぐに前を見据えている。

将臣は人目につかない庭の隅でその様子を眺めつつ、儀式が終わるのを待っていた。

この後、全てが滞りなく済んだら、帝と、それに帝の異母兄弟らも招いて、『キャンプ』の真似事をすることになっている。

……あくまで真似事だ。

帝が外で寝るのはやはり問題があるらしく、キャンプファイヤーもすげなく却下。どうにか許しが出たのは、ちょっとした水遊びと、それから外で食事をする、という部分のみ。それも、庭の一角に天幕を張り、菓子や料理を運んでみんなで食べるという、いつもの宴とあまり変わらないものだった。

花見ならぬ星見、といったところだろうか。風流ではあるが、それが果たしてキャンプと呼べるのか――かなり怪しい。

それでも許してもらえただけマシかもしれないが。

内裏の庭でキャンプ、という将臣の提案に、案の定、宗盛はいい顔をしなかった。曰く、「内裏は遊び場ではない」とのこと。

「けど、外に連れ出すよりはマシだろ?」

京の町は今、治安も衛生状態も悪い。それでも帝の願いを適えてやるなら、他に方法がないではないか。

将臣の説得に、宗盛は声を荒げて怒った。

「そもそもは、貴殿が帝におかしなことを吹き込んだせいで、このようなことになったのであろうが!」

「それは悪いと思ってるって――」

「思っているのなら、少しはそれらしい顔をしてみせろ!貴殿と遊ぶようになってから、あのご聡明な帝がワガママばかりではないか!性格を変えろ、などと無理なことは言わん。だが、少しは――ほんの少しくらいは、京の常識というものを身につける努力をしてはどうなのだ!」

 こんな調子で、説得はうまくいきそうもなかったのだが……。

 それがうまくいったのは、時子が味方してくれたからだ。

帝に親しい遊び相手が居ないことは、帝の母親――建礼門院も心を痛めている。共に遊ぶことで、帝が異母兄弟たちと交流を持つきっかけになればよいではないか、と宗盛を諭してくれた。

ぞろぞろと、集まった貴族たちが移動していく。

どうやら儀式が終わったらしい。

今夜は、帝の祖父――後白河院も似たような集まりをひらくとかで、貴族らの多くは院御所へ行くのだ。平家の人々も、半分ほどはそっちに参加すると聞いた。

 移動する人々の中には、知盛や重衡も居た。も、父親の並んで歩いて時子の弟・時忠や、小松家の長男・維盛の姿もある。

 それに、宗盛も。ほんの一瞬、ちらりと将臣の方を見た目が、まだ怒っていた気がする。

(京の常識を身につけろ……か)

 もっともなご意見だと思う。

 この乞巧奠(きっこうでん)が終わったら、色々聞いてみることにしよう。

京のこと、平家のこと、今この国で起きている(いくさ)のこと。

勉強はあまり得意ではないが、いつまでも気楽な客人身分ではいられない。少しずつでも、知っていく努力をすべきなのだろう。

「将臣殿、帝がお呼びです。早く『きゃんぷ』を始めようと」

 自分を呼びに来た時子に、

「すぐに行きます」

と将臣は答えた。




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