還内府の章 二十六、小松兄弟(2)

 

 先を行く有盛は、妙に早足だった。案内役だとわかっているのか、こちらを振り向きもしない。

 少々、困ったことになった。いや、道に迷って困っていたのを案内してくれるのだから、本来はありがたいのだが。

 これまで有盛とは、ろくにしゃべったこともない。口を利くのは、いつも他の兄弟たちだった。

「悪いな、わざわざ」

それでも一応、礼だけは言っておくと、

「別にいいですよ。俺も、将臣殿に聞いてみたいこととかあったから」

 有盛は前を向いたまま答えた。意外に気さくというか、軽い口調だった。

「……聞いてみたいこと?」

「はい。できれば、兄上たちの居ない所で」

 ちらりと後ろを振り向く有盛。確かめるまでもなく、小松家の兄弟たちの姿は、とっくに見えなくなっている。

「なんだよ?あらたまって」

将臣が尋ねると、有盛は別に口調をあらためるでもなく、こう続けた。

「将臣殿って、俺たちの父上とそっくりだってみんな言うけど……、それって本当の話なんですか」

思わず、まじまじと相手の目を見る。あいかわらず、どこか焦点のぼやけた目をしており、何を考えているのかさっぱり読めなかったが。

「俺に聞かれても知らねえよ。重盛さんに会ったことなんてねえし」

 ひとまず正直に答えると、有盛は「それもそうですよね」とあっさりうなずいた。

 ……変な奴だな、と将臣は思った。

 まあ、幸か不幸か、平家に来てから変人の相手には慣れている。

「あんた自身はどう思ってるんだよ?」

 逆に質問を返すと、有盛は首を横に振った。

「よくわかんないです。俺も、父上の若い頃の顔なんて知らないし」

 ただ、と有盛は続ける。

(さだ)(よし)は似てるって言ってましたよ。実際に会ってみたら、想像以上だったって」

 平貞能。平家の家人。つい先日、将臣の素性を確かめに来た男である。その名前が出てきた、ということは――。

「あのな。もし、俺と重盛さんが、その……何か関係あるんじゃないかとか心配してるなら……」

 有盛はまたあっさり首を横に振った。

「ああ、そういうんじゃないです。将臣殿が俺たちの兄弟だとか、疑ってるわけじゃないですよ」

「本当か?」

「本当ですってば」

「……だったら、何が聞きたい?」

 唐突に、有盛が足を止めた。くるりと体の向きを変え、将臣の顔を正面から見る。

 たじろぐ将臣に、有盛は言った。

「俺の顔、どう思います?」

「…………は?」

「何か気づいたこととかありません?」

「???」

「うちの母上が言うんですよ。俺って、兄弟の中では1番、父上に似てるって」

 それがどうした――と言おうとして、将臣は気づいた。

 有盛が父親似だというなら、その父親に似ていると言われる将臣とも、当然似ていなければおかしい。

「俺たち多分、年も近いですよね?」

有盛がかくんと首をかしげる。

「あんた、いくつだ?」

18ですけど」

「だったら、俺と同じ、ってことになるな」

 正確には、まだ誕生日を迎えていない。しかし、この世界では、いわゆる数え年――各々の生まれた日ではなく、新しい年を迎えるごとに年齢を重ねていく。将臣もそれに合わせて、年越しと共に18歳、ということにしたのだ。

「あ、そうなんですか。だったら、余計に似てないと変ですよね」

「…………」

 将臣はあらためて相手の姿を眺めた。

 身長はほぼ同じだが、体格は多分、将臣の方がいい。

有盛とて武士の家に生まれた以上、幼い頃から鍛えているはずだが……そのわりに、ひょろりと華奢(きゃしゃ)な体格をしている。流れるような黒髪も、武士というより貴族のようだ。

 ちなみに、将臣は生まれつきのくせっ毛である。

 問題の顔については、いかんせん、ぼんやりと焦点の定まらない目付きのせいで、何とも言いがたい。

 もう少しちゃんとしていれば、美形と言ってもいいくらいだろうに……と、これは自画自賛になるのか?

 有盛もじっと将臣の顔を眺めて、

「俺はこんなに目付き悪くないよなあ」

と、独り言のようにつぶやいた。

「けんか売ってんのか?もしかして」

「いえ、ただ思ったことを言っただけですけど」

 それを世間一般では「けんかを売っている」と表現するのだ。悪意はないのだと言いたいのかもしれないが。

「将臣殿こそ、武士にしてはひょろい奴だ、とか思ってませんでした?」

 いきなり心を読まれて、将臣はうろたえた。

「いや、別に……」

「いいですよ、慣れてるんで。多分、母親に似たんですよね。いかにも貴族って感じの細い人なんで」

「さっきは父親似だって言わなかったか?」

「そう言うのは母上だけなんです。結局のところ、自分の顔って、自分じゃよくわからないし」

 まあ、確かに。自分、もしくは家族の顔というのはそんなものだ。親兄弟に似ているとか似ていないとかいう話も、他人の方がよくわかるものである。

 将臣自身は、外見は父親似、中身は母親似と言われて育った。それが果たして当たっているのか、自分ではよくわからない。あまり興味がなかった、と言った方が正確かもしれない。

「将臣殿と俺が似てるっていうなら、着物を取り替えたら、うまく入れ替われるんじゃないかと思ったんだけど」

 有盛が妙なことを言い出した。

「入れ替わるって……なんで、そんなことしなくちゃならないんだ?」

「俺の母上が、将臣殿と会いたがってるんですよ。父上の若い頃と似てるって聞いて」

 有盛の母。……それすなわち、重盛の妻。

 亡くなった夫にそっくりな男と会ってみたいという気持ちは、わからなくもない。ただ――。

「お袋さんは、その……嫌な思いとか、してないのか?噂になってるんだよな?俺のことで、その……」

 将臣は口ごもった。隠し子がどうこうというのは、さすがに聞きにくい。

「全然」

「…………」

「おもしろそうだから、見てみたいって。ついでに、父上の昔の着物とか着せて遊んでみたいって、そう言ってましたよ」

「………………」

「本当は小松殿に招待したいみたいだけど――資盛兄上が怒ると思って、気を遣ってるんですよね」

 小松殿、とは亡き重盛の邸のことだ。六波羅の東の端に建っている。将臣も遠くから見たことがあるが、緑に囲まれた、風流な邸だった。

「あいつには嫌われてるからな」

 何の気なしにそう言うと、意外にも有盛は否定した。

「別に、嫌ってはないと思いますよ」

「どっからどう見ても嫌ってるだろ?」

「…………」

 有盛は考え込むように沈黙した。やがて、言う。

「資盛兄上が怒ってるのは、多分、維盛兄上のためなんだと思います」

「……?維盛の?」

「維盛兄上は、それこそ全っ然、父上と似てないんで。子供の頃から言われてたんですよ。武士には見えないとか、後継ぎにふさわしくないとか」

 いかにも貴公子然とした維盛のことだ。そんな風に言う者も居たかもしれない。

 しかし、それと自分に何の関係がある?

「知ってると思うけど、去年、維盛兄上、(いくさ)で大負けして。おじいさ……清盛公に、後継ぎ失格って言われちゃったんですよね。けっこう落ち込んでたんですよ」

 言っていることとは裏腹に、有盛の口調は軽い。なので、将臣も軽い気持ちで耳を傾けていたら、有盛はとんでもないことを言い出した。

「そんな時に、将臣殿が来て、清盛公に大事にされて……しかも、うちの父上そっくりだとか言われて。実は、あっちが本当の後継ぎなんじゃないか、とか噂になって」

「おいおい!?

 さすがに、話が飛躍し過ぎだ。

「まあ、実際は宗盛殿が継いだんだし、将臣殿に八つ当たりしたって意味ないと思うんですけどね。資盛兄上は単純だから」

 そう言って、有盛は口を閉じた。

「…………」

 将臣は考え込んだ。

つまり、こういうことか。無責任な噂に傷つく兄と、そんなことは露知らずに過ごしている将臣を見て、資盛はイラだっているのだ、と?

「将臣殿?」

「…………」

「すみません。もしかして、気を悪くしました?」

「……いや」

 将臣は顔を上げた。

「聞いといてよかったよ。サンキュな」

「『さんきゅ』って、ありがとうのことでしたっけ?」

 ぼんやりした有盛の瞳に、初めて感情らしきものが浮かぶ。怪訝なまなざしだった。

「なんで、礼なんか言うんです?」

「深い意味はないさ。教えてくれてありがとう、って意味だ」

 別に、今の話を聞いてどうしよう、というわけではない。

人の噂を消すことはできない。詫びるというのも何か違うし、資盛も多分そんなことは望んでいない。

 ただ、知らないままでいるよりは、知っておいた方がいい。そう思う。

有盛は腑に落ちないという顔をしていたが、やがて小さくため息をついた。

「誰かが言ってたけど、将臣殿って変な人なんですね」

 変人に変な人と評されるのは納得できない。いや、それよりも、

「誰がそう言ったか、聞いてもいいか?」

「ええと、誰だっけ……。ああ、知盛殿だ。あと、重衡殿と、宗盛殿と……」

「……もう、いい」

「いいんですか?他にもたくさん居るのにな」

 たくさん、とはどういうことだ。この一族は、そろいもそろって、人のことを何だと思っているのか。

「じゃあ、そろそろ行きます?帝の所に」

 うっかり忘れていた。

 ふと気づく。いつのまにか、肩の上が軽くなっていることに。

「あれ。あの猫、どこ行った?」

 将臣がきょろきょろしていると、有盛が答えた。

「胡蝶なら、さっき1人で庭の方に行きましたよ。話が長くなりそうだ、って思ったんじゃないですか?」

 ちゃっかりした猫である。

 こっちですよ、と有盛が先に立つ。

 帝に会ったら何をどう話すのか、まだ決めていなかった。

 今キャンプに行くのは無理だと言ったら、帝は怒るだろう。下手になだめようとすれば、逆効果になってしまう可能性もある。

「ところで、『きゃんぷ』って楽しいんですか」

 狙ったようなタイミングで有盛が放った一言に、将臣はつんのめりそうになった。

「……誰に聞いたんだ?」

「建礼門院様ですけど。帝が、どうしても行きたがってるって」

 将臣は深々と嘆息した。

「帝のおっかさんにまで迷惑かけちまったか……」

「迷惑だなんて言ってなかったですよ」

有盛は首を横に振った。

「将臣殿は、帝に優しくしてくれるって。感謝してましたよ」

「……そうなのか?」

 建礼門院とは内裏に来るたび顔を合わせているが、親しく言葉を交わしたことは1度もない。たまに目が合えばつつましくそらしてしまうし、扇に顔を隠して、表情さえ見せてくれないことも多い。

相手は先帝の后だから、当然といえば当然なのだが、なまじ他の面々とは打ち解けているだけに気になっていた。果たして、自分はどう思われているのかと。

「ほら、帝って、仲のいい遊び友達とか居ないでしょ。やっぱり心配みたいですよ。清宗殿とも、友達って感じじゃないし……」

 宗盛の長男・清宗は、帝とは年も近く、お気に入りの遊び相手だ。

 ただ、あまりにも聡明な少年であるがゆえ、対等な友人でなく、臣下であろうとする。

 帝は、清宗と友達になりたいはずだ。だが、あの年では、自分の気持ちをうまく表現できるはずもない。結果、癇癪(かんしゃく)を起こしたり、駄々をこねるばかりで、清宗を困らせてしまう。

「もっと遠慮なくぶつかれる相手が居ればいいんだがな……」

 ただでさえ、幼い身で「天子」という重圧を背負っている帝に、友達の1人も居ないでは気の毒だ。

「年の近い(めの)母子(とご)とかも居ないですしね」

 有盛もうなずく。

「うちは男ばっかりだし、取っ組み合いのけんかとか、しょっちゅうだったけど。そういうのって、楽しいですよね」

「楽しい、か?」

 将臣は首をひねった。

けんかはあまり好きではない。自分も相手も痛い思いをするだけで、いいことがない。何より、面倒だ。

 弟の譲とも、つかみ合い程度ならともかく、殴り合いのけんかというのは数えるほどだ。

「何にせよ、帝が取っ組み合いのけんかとか無理だろ。相手がいねえよ」

 有盛がぽんぽん、と肩を叩いてくる。

「将臣殿、あれ。あの、池のそば」

 将臣は我が目を疑った。

 有盛が指差した池のほとりで、噂の帝が取っ組み合っていた。




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