還内府の章 二、清盛の客人


 何がどうなっているのやら。

 不審者呼ばわりされて捕まったかと思えば、一転、客人扱い。

 どうも、ここではあの――大殿(おおとの)とかいう男の気分1つで、全てが決まるらしい。

 落ち着いて考える暇もなく、邸に上げられ。

 通された場所は『湯殿(ゆどの)』と呼ばれていた。要するに、風呂だった。

シャワーも水道もない。

 が、そんなことより将臣が面食らったのは、美しく着飾った女性たちがぞろぞろ現れて、自分の世話を焼こうとしたこと。

長い黒髪に、華やかな十二単(じゅうにひとえ)。まるで大昔の貴族のようだが、実は全員、この邸で働いているのだという。

メイドか家政婦、なのだろうか。それにしては、衣装が豪華過ぎるような。

戸惑う将臣に、女たちはにっこり笑って言った。

「湯浴みのお手伝いをさせていただきますわ」

 女たちの手には、着替えらしい和服があった。愛想笑いを顔に張り付かせ、じりじりと将臣に近付いてくる。

「……いや、1人でできますから」

 微妙に後ずさりつつ、将臣は断った。

「どうかご遠慮なさらず」

女たちはめげずに迫ってくる。さらに壁際にまで追いつめられて、将臣は叫んだ。

「自分でできる!何とかする!とにかく、1人にしてくれ!」

 風呂は風呂だ。どうとでもなる――と、思ったのだが。

 実際のところ、着替えには困った。和服の着方などわからない。

 湯から上がってみると、それまで着ていた服は全て――1枚も残さず、女たちによって持ち去られていた。

 着替えとして渡されたのは、紺色の袴に、波形の模様が入った青い着物が1枚。それに袖の短い白い着物と、無地の青い着物がもう1枚。

おそらく身につける順番があるのだろうが……仕方ないので、適当に着た。

「よろしいかな」

 タイミングよく、湯殿の外から声がかかる。

「あ、はい」

現れたのは、あの斉藤という男だった。着物姿の将臣を見て、微妙な表情で沈黙する。

「やっぱり変、ですか?」

 斉藤は慌てて首を振った。

「いえ、けしてそのような。なかなかにその、斬新な着こなしですな」

 無理にほめてくれるより、どこがおかしいか言ってくれた方が助かるのだが……。

とはいえ、自分から尋ねる余裕はなかった。空腹はほぼ限界に達している。

「膳の支度が整ったそうな。こちらに参られよ」

 奥の間に案内され、座って待つように告げて、斉藤は出ていった。

 何か食べさせてもらえるのか。

 正直、将臣は半信半疑だった。きのうからわけのわからない災難続きで、いきなりこれでは話がうま過ぎる。

「失礼致します」

 その時、声がした。部屋の中に、誰か入ってくる。

 小柄な女性だった。地味な紫の着物に、頭巾のようなものをかぶって髪を隠している。尼さんだということは、将臣の知識でもわかった。

 将臣の前に腰を下ろし、丁寧に頭を下げる。

平清盛(たいらのきよもり)が妻、時子と申します」

 目元の笑い皴が優しい。それでいて、どこか芯の強そうな人だった。見つめられて、自然と将臣の背筋がのびる。

「あ……その、なんつーか」

 とっさに挨拶が返せない。時子と名乗った女性は、ふっと口元を(ほころ)ばせた。

「どうぞ、お楽になさいませ、有川将臣殿。おもてなし致すよう、主人より申しつけられております」

「は、はあ」

「まずは、お食事を」

 その言葉に合わせて、着飾った女性が、(うやうや)しく膳を運んできた。

「粗食にございますが……」

 自分の前に置かれた料理の数々を、将臣は信じられない思いで、しばし見つめた。

 山盛りの白米、焼き魚に汁物、薄くスライスした貝、何かの肉、野菜に果物……。

 大方が見慣れない料理だったが、少なくとも『粗食』には見えなかった。

「……食べて、いいんですか?これ?」

 喉が鳴る。

 飢えた体が叫んでいる。早く食べ物をよこせと。

「どうぞ」

 その一言で、将臣は料理に飛びついた。

 多分、これまでの生涯で最高の食事だった、と思う。

 飢えと寒さ、そして孤独に耐えたのはたった1日。しかしその1日の後に、口にした料理の味を、この時の感謝を、将臣は忘れない。

 うっかり涙ぐんでしまい、湯気にむせたふりをしてごまかした。

 時子は気づいていたのかもしれない。将臣が夢中で食べている間、話しかけてはこなかった。

 腹がふくれ、落ち着くと、急に気恥ずかしくなった。

「あの――ご馳走さまでした」

 時子の視線を避けるように、将臣は頭を下げた。

「いいえ。お口に合ったなら何よりでございます」

「お口に合うとか言うより……、あー……」

 感謝と感動をうまく言葉にできない。

「とにかく、うまかったです。ありがとうございました」

もう1度、頭を下げる。時子は静かにほほえんでいた。

「腹はふくれたようじゃな」

待っていたように、先程の男が現れた。そういえば、まだ名前を聞いていない。

後から斉藤もやってくる。男は時子の隣に、斉藤は部屋の隅に、それぞれ腰を下ろす。

「なんじゃ、その妙な格好は」

 将臣の適当な着こなしを見て、男は遠慮なく笑い出した。

(きよ)(もり)殿(どの)

時子がたしなめる。それが名前なのだろう。

「妙な格好で悪かったな。こういうのは着たことねえんだよ」

ひとしきり笑ってから、『清盛殿』は言った。

「着物の着方も知らんのか。おかしな奴よのう。そなた、いったいどこから来たのじゃ」

「どこからって……」

 それを聞かれると、正直困る。

「多分、言っても信じねえぞ」

「よい。申してみよ」

「けどなあ……」

 自分は未来から来た、などと言っても、変人呼ばわりされるのは目に見えている。

「先ほど、行くあてがない、と申しておったの。何か事情があるのであろう?構わぬから、話すがよい」

「ですが、お話になりにくいことなのでしたら……」

時子が気遣うように将臣を見る。

「あ、いや。そういうわけじゃないです」

 まあ、だめでもともとか。

 仕方なく将臣は話した。自分の身に起きた出来事を。つまり――突然、目の前に奇妙な子供が現れたと思ったら、これまた突然押し寄せてきた濁流に飲まれて意識を失い、目が覚めたら全く見覚えのない場所に居た、ということを。

「まあ……」

 時子が言葉を失い、

「何と奇っ怪な」

と斉藤も唸る。

「ふむぅ……」

 清盛はといえば、あごに手を当て、何やら考え込んでいる。

「奇妙な子供か……神使(しんし)のたぐいであろうか……?」

「あ?何か言ったか?」

 清盛は顔を上げ、将臣を見た。

「気がついたら、全く知らぬ場所に居た、と申したな?」

「ああ、そうだ」

「そなたの故郷……気を失う前に居たはずの場所は、こことは全く違うと?」

「ああ。着てるもんも、町の形も、全然違う」

 清盛の目がきらりと光る。好奇心に満ちた、子供のような目だった。

(まこと)にそうか?」

「あ?」

「確かに、そなたが着ておったものは我らのものとは違う」

 清盛が立ち上がった。やおら将臣の前に置かれたままの膳に手をのばし、

「少し見ておったが、そなた、箸の使い方は知っておったのう」

 将臣の手の動きを真似るように、空中で箸を動かして見せる。

「そりゃ、まあ……」

「これは何だかわかるか?」

 清盛は、部屋の奥に歩いて行き、そこに飾られていた日本刀らしきものを手に取った。

「……(かたな)、だよな」

「ふむ。全く見たことがないものなら、わかるまい?」

「そりゃ、見たことくらいはあるが……」

 テレビや漫画、あるいは土産物屋の店先で。

「やっぱこんな話、信じられねえか?」

 まあ、無理もない。自分が同じ立場だったら、やはり信じなかったと思う。

 しかし清盛は、将臣の言葉に軽くかぶりを振って、

早合点(はやがてん)するでない。ここはそなたの居た場所とは違うが、どこか似ているのではないか。そう申しておるのじゃ」

 似ているのは当然だ。何しろ、過去なのだから。

 将臣がそう思っていると、清盛は元通り時子の隣りに腰を下ろしながら、妙に自信たっぷりな顔で、

「そなたの話は確かに面妖じゃ。大方の人間がまるで聞いたこともなかろう。だが、我はよく似た話を知っておる」

「似た話?」

「左様。およそ百年の昔、異界より人の子現れ、危機に陥った京を救ったという」

「………?何の話だ?どこが、俺のと似てんだよ」

「まあ聞け」

と清盛は手を振った。

「その人の子は、龍神の力に呼ばれて異界より参ったのじゃ。龍神……龍の形をした神。わかるか?」

「龍……ならわかるが、龍神てのは知らねえよ」

 将臣は言った。清盛は軽くうなずいて、

「そうか。その神の力の1つにな。時空(とき)の壁を超えて、人をこちらの世界に呼び込む、というものがある」

「……SFみてえだな」

「えすえふ?」

 清盛が眉をひそめる。

「あ、わりい。こっちの話だ。それで?まさか俺が、その神の力だかなんだかで、こっちに来たとでも言いたいのか?」

「まさしくその通り」

「な……」

絶句する将臣を見て、清盛は愉快そうに笑い出した。

「はは、信じられぬか。まあ、無理からぬことよの」

「いや、信じられぬかって……そもそも、あんたは信じるのかよ?俺がデタラメ言ってるとは思わねえのか?」

「何を申すか」

 清盛は笑うのをやめ、きっぱり言った。

「そなたは嘘などついておらぬ。目を見ればわかるわ」

 今度こそ、将臣は言葉を失った。

「理由はわからぬが、そなたが龍神の力によって異界より招かれたこと、これは間違いあるまい。異界とこちら側の世界は、遥かに時空を隔てながら、人や物、言葉や道具など、互いに似たところも多いと記録に残されておる。箸や刀を知っておったのはそのためじゃな」

 黙って話を聞いていた時子が、その時、口をひらいた。

「清盛殿が仰っているのは、龍神の加護を受けし神の子の伝承にございますね?」

「うむ。そうじゃ」

 斉藤も身を乗り出してくる。

「そのお話ならば、以前、(それがし)も聞かせていただいたことがございましたな。ですが……」

 時子と斉藤。2人の視線が、将臣に集まった。

「なんですか?」

 2人の表情が緩んだ。つい吹き出しそうになった、と言った方が正確かもしれない。

「俺の顔が、なんかおかしいですか?」

「いえ、申し訳ございません」

「真に失礼を」

 そう言いながら、まだ笑いをこらえているように見える。

 わけのわからない将臣に、清盛がそのわけを明かした。

「龍神が異界より呼びたまう人の子は、見目麗しき乙女と言われておるのよ。そなた、どう見ても違うのう」

 その言葉で、時子と斉藤もこらえきれなくなったらしい。3人そろって笑い合う。

「あのなあ……」

「拗ねるな。幸いにして、我は龍神について詳しく知っておる。そなたの力になることもできるやもしれぬぞ?」

 力になる?

 将臣はハッとした。

「まさか、元の場所に帰る方法がわかるってのか!?」

「いや、わからんな」

 がく。

「龍神の力を得る方法なら知っておる。だが時と世界の壁を超えるとなると、果たしてどれほどの力が必要なものか。不可能とは言わぬが、正直、何年かかるかわからんのう」

 からからと陽気に笑う清盛。

「…………」

「そう力を落とすでない。むしろ自分の幸運に感謝すべきであるぞ?偶然迷い込んだのが、龍神の知識を持つ、この我の邸であったのだからな」

 迷い込んだのではなく、とっ捕まったのだということは、今は置くとして。

「あんたはそう言うけどな。こっちはいきなり過ぎてわけわかんねえんだよ。だいたい、これからどうしろってんだ?」

 異界だの龍神だの、話が突飛(とっぴ)過ぎてついていけない。

「ここにおればよかろう」

「は?」

将臣は顔を上げ、清盛を見た。清盛はまた愉快そうに笑って、

「寒空に放り出されるとでも思うたか。そなたの世界に帰る方法が見つかるまで、好きなだけおればよい」

「……マジかよ?」

 にわかには信じがたい言葉だった。

「もっとも、我らは間もなく、この地を離れねばならぬがな。わけあって京に戻る事になったゆえ」

 ここがどこかも将臣は知らないのだ。今更どこへ行こうと構いはしないが、

「いや、それよりも――なんでだ?」

 ついさっき会ったばかりだ。そこまで親切にしてくれる理由がわからない。

「我はそなたが気に入った。それだけのことよ」

「あー、その、なんだ……」

 これはもしかすると聞かない方がいいのかもしれないが――。

「さっき、俺が誰かに似てるとか言ったよな?」

 斉藤がハッと表情を強張らせる。清盛は鷹揚にうなずいた。

「気になるか。……重盛。我が息子よ。親不孝にも早死にしおったがな」

「……わり」

 将臣は頭を下げた。

「詫びる必要などない。そなたには関わりなきこと。……だが、不思議よの」

 ずっと明るく輝いていた清盛の顔に、初めて暗い影が差した。

「姿形ばかりではない。声も、仕草までよう似ておる。のう?」

時子がうなずいた。

「真に。お懐かしゅうございますね」

 斉藤が黙って目頭を押さえた。

 将臣には、言うべき言葉がない。

「すまぬ、湿っぽくなったの。そなたもくたびれておろう。続きは明日にしようぞ」

 元通り明るく笑って、清盛は席を立った。




三、異世界の朝 に進む



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