還内府の章 十八、絵巻(1)

 

 こちらの世界に来てから、月を見ることが増えた気がする。

 京の夜は暗い。何しろ照明といえば、蝋燭(ろうそく)(かがり)()くらいしかない世界だ。

 日が暮れた後にできることは限られているし、宴でもない限り、暇を持て余すことも多い。

 さっさと寝てしまえばいいのだろうが、長年の習慣で、体はそう簡単に眠ろうとしない。

 結果、ぼんやりと夜空を見上げて物思いに耽ることが多くなる。元の世界に居た頃の自分なら、まず考えられなかった話だ。

「はあ……」

 将臣は深々と嘆息した。

突然、見知らぬ異世界に飛ばされて、早いもので2ヶ月が過ぎた。

段々とこっちの暮らしにも馴染んできたが、それを喜ぶわけにはいかない。むしろ、馴染んでどうすると言うべきだろう。

将臣は京に永住する気はない。元の世界には、暮らしがあり、家族が居る。

あちらは今頃どうなっていることか。

 いきなり自分たち3人が姿を消して、家族は当然、警察に捜索願を出すくらいのことはしているはずだ。

そのうち公開捜査なども行われて、さては誘拐か、事件かと、連日ワイドショーを賑わせて――想像するだけで、頭が痛い。

 いや、真面目な話。

 心配しているだろうとは思うのだ。自分の親は、どちらかといえばマイペースで放任な方だが、それでも。

 まして望美は1人娘だ。両親は過保護なくらい優しい人たちだし、どれだけ胸を痛めているかと思うと、将臣の胸も痛む。

(あいつら、本当にどこ行っちまったんだろうなあ……)

 清盛の力添えのおかげで、この2ヶ月、六波羅には多くの情報が寄せられている。

 可能性が高いと思われる情報については、(みずか)ら足を運んで確かめに行った。しかし、2人は見つからなかった。

「さようなところにおったか」

 聞こえた声に、将臣は振り向いた。

 暗い庭に、清盛が出てきている。こちらを見上げ、かすかに笑みを浮かべている。

「邸の中に姿が見えなんだゆえ、探したぞ」

「ああ、わり。ちょっと考えたいことがあって」

 将臣が居るのは、邸を囲む塀の上であった。

 場所にもよるが、高さは2メートルほど。その気になれば上がれない高さではないし、静かでひとけがないため、物思いに耽るにはちょうどいい。

「考え事ならば、邸の中でもできよう」

そう言って、清盛はじっと将臣の顔を見上げてきた。

「わざわざ人目につかぬ場所に来たのは、理由があるのではないか。先程ため息などついていたところを見ると、元の世界が恋しくなったか」

 ほとんど図星を刺されて、将臣は沈黙した。

 恋しい、というと少し違うが、故郷のことを考えていたのは事実だ。

 この場所を選んだのも、清盛が看破した通り。

親身になって世話を焼いてくれる邸の人たちの前で、いかにも帰りたいという顔をするのは悪い気がしたからだ。

将臣が黙っていると、清盛はとどめの一言を口にした。

「帰りたいか、将臣」

 将臣は観念して、認めた。

「……そりゃ、な。けど、今は先にやることがある」

 まずは何より、望美たちを見つけるのが先だ。帰る手段については――後で考える。

「なるほどな。探し人の行方がわからぬゆえ、へこんでおったのか」

「全部お見通しかよ」

 将臣が顔をしかめると、清盛はくっくっと笑った。

「お見通しも何も、そなたの顔にそう書いてある」

「……ほっといてくれ」

 清盛の視線を避けるように、将臣は顔をそむけた。

「隠すことはあるまい。身内の心配をするのは当然であろう。行方も知れぬとあらば、尚更」

「心配、か……」

 将臣は軽く首をひねった。

「心配っていうより……」

 つぶやきながら、夜空に浮かぶ月を見る。

「あいつらが、何かこう……手の届かない遠くに居るような気がして……不安、なんだよな」

 手を伸ばしても、月の光はつかめない。それと同じように。

自分の力ではけして手の届かない場所に、2人が居る――そんな漠然とした不安が、胸の内にわだかまっていた。

「悲観はしてねえけどな。あきらめずに探せば、いつかは会えるんじゃないかって思ってる」

 そうじゃな、と清盛がうなずく。

「人は皆、目に見えぬ(えにし)で結ばれておる。それほどに思う相手ならば、いずれ魂が引き合い、巡り会うであろうよ」

「はあ……そりゃどうも」

 将臣が生返事を返すと、清盛はおもしろそうに笑みを浮かべた。

「何じゃ、いいかげんなことを言うておるとでも思うたか?」

「そういうわけじゃねえけど……」

 縁とか魂とか、馴染みのない言葉がぴんとこなかっただけだ。

まあよい、と清盛は言った。

「いずれ、我が何とかしてやる。探し人のことも、元の世界に帰る手立てもな。そなたは何も案ずる必要はない。ただ、この邸で待っておればよい」

「いや、何とかって……」

 妙に自信たっぷり言い切っているが、根拠はあるのだろうか?

「だいたいあんた、帰る方法はわからないって言わなかったか?確か、最初に会った時」

「言った」

 清盛はあっさりうなずいた。

「だが、全く望みがない、と言った覚えはない。かつて、こちらから異世界への扉をひらいた者も居るのだ。方法はあるはず――」

「方法?どんな方法だ?」

 思わず身を乗り出す将臣に、

「まあ、いずれ方法は見つけてやる」

と清盛は言った。

「……要するに、今はわからないんだな」

「そうじゃな。仮にわかったとしても、異世界への道をひらくには膨大な力が必要なはず。それを集めるだけでも数年はかかろう。気長に待っておれ」

 数年、とはまた――。

「確かに気の長い話だな……」

「まあな。だが、そう急いで帰ることもあるまい?」

 いや、ある。数年も帰れなかったら、家族は心配するし、受験やら就職やら、色々不都合が出る。無論、今ここで案じても詮無いことではあるが、

「なんでこんなことになったんだ……」

 つい愚痴をこぼすと、清盛は考え込むような表情を浮かべた。

「そうじゃな……。事故、と考えるのが自然であろう」

「は?事故?」

「最初に話したであろう。そなたがこの世界に来たのは、龍神と呼ばれる神の力によるものだと」

「……ああ、そういえば、言ってたかもな」

 今の今まで、すっかり忘れていたが。

 確か、その神様の力で将臣が時と世界の壁を超えてきたとか、そんなSFじみた話だった気がする。

「龍神は京の守り神。だが、ここ数年、その力が不安定になっておっての」

 最近、天気が悪い――というような軽い口調で、清盛は続けた。

「安元の大火に、昨年起きたつむじ風。京は、たびたび災厄に見舞われておる。本来、京を守るはずの龍神の力が、乱れておるのだ」

「はあ。それで?」

「おそらく、そなたのことも理屈は同じであろう。暴走した龍神の力が、何かのはずみで世界の狭間に穴を開け、そこに運悪くそなたらが引き込まれた。そんなところだろうて」

「………………」

 将臣は黙って清盛の言葉の意味を考えた。

 つまり、何か。ただのアンラッキー、間の悪い偶然で、自分たちはこんな災難に巻き込まれたというのか?

だとしたら――あまりに理不尽な話だ。

「なんつー迷惑な神様だよ……」

がしがしと頭をかきむしる。

「はは、迷惑か。確かにそうじゃな」

 清盛の気楽な笑い声に、力が抜ける。将臣は頭をかきむしるのをやめ、がっくりと肩を落とした。

 そう落ち込むな、と清盛の声がした。

「我が何とかしてやると申しておろう。そなたは異界の者。京の民とは何ら関わりがない。……ならば、迷惑をかけただけの責任はとってやらねばならぬからの」

「あ?なんであんたが責任とるんだよ?」

 返事がない、と思ったら、清盛はさっさと背を向けて邸に戻りかけている。

「待ってくれって」

 将臣は塀から飛び下り、後を追った。

「どうした、まだ何か用か」

「用っていうか――」

 出会った時のことを思い返しながら、将臣は言った。

「よその世界から来た人間ってのは、俺だけじゃなくて……前にも居た、とかいう話じゃなかったか?確か」

「ああ」

「それも、やっぱり事故だったのか?」

「いや、そうではない」

清盛が足を止める。

「その者は、龍神に呼ばれたのだ。危機に陥っていた京を救うためにな」

 京を救う、とはまた大仰な話だ。SFよりRPGのような。

「知りたいのならば、ついて参れ」

そう言って、清盛はまた早足で歩き始めた。




十八、絵巻(2) に進む



目次に戻る



サイトの入口に戻る