還内府の章 十四、重盛の太刀(2)

 

 実盛の邸は、外から見た印象の通りだった。無駄なものがなく、すっきりと片付いていて、塵1つ落ちていない。

 中庭の見える部屋に案内されて、温かい茶を振舞われながら、寒空に響く武士たちの声に耳を傾ける。

 将臣がまったりくつろいでいると、ふいに実盛が言い出した。

「将臣殿も太刀を習い覚えてみてはいかがでしょうか」

 将臣は茶碗を下に置いた。

「いや、いかがでしょうかって……なんでまた?」

 今のところ、剣術を身につける必要性は特に感じていない。

 実盛はいささか申し訳なさそうに頭をかいて、

(それがし)に雅な心得の1つでもあれば、将臣殿にお楽しみいただけるのですが、あいにく無骨(ぶこつ)坂東(ばんどう)武者(むしゃ)にて、できることといえばそのくらいで」

つまり、将臣の暇潰しの方法について、真面目に考えてくれたというわけか。

それを無下(むげ)に断っては、バチが当たるだろう。

「やってみてもいいが……多分、向いてないんじゃねえかな」

 武道のたぐいに手を出したことはない。体を動かす以前に、精神を鍛える的なところが苦手だった。

 しかし実盛はほがらかに笑みを浮かべて、

「なに、難しく考える必要はございませぬ。将臣殿が楽しめる程度でよいのです」

「楽しめる……か」

「は。某の見立てでは、将臣殿は太刀の素養があるものと思われます」

 何を以って、そう判断したのだろう。

 実盛のこと、適当におだてているわけでもあるまいが、以前清盛には、「その腕では太刀も握れない」と評された。

 とはいえ、せっかくの好意だ。どうせ暇を持て余し気味でもあることだし、将臣はその申し出を受けることにした。

 早速、中庭に下りて()太刀(だち)を渡され、基本的な握りや構えから教わった。

 次は太刀の振り方だ。

先に実盛が手本を見せてくれる。

年に似合わず、鋭い動きだった。しかも、型にはまって美しい。長年の鍛錬の賜物というやつだろうか。

 実盛の動きをイメージしながら、将臣も適当に木太刀を振ってみた。

 握りが甘かったのかもしれない。数回振っただけで、すっぽ抜けて飛んでいった。通りすがりの武士の背中に当たりそうになり、苦笑しながら返された。

「悪い」

 教えてくれた実盛にまで、恥をかかせてしまったのではないか。そう思って謝ると、実盛はぼんやり宙を見つめている。

「実盛さん?」

 声をかけても、返事がない。

「しばしお待ちを」

 何を思ったのか、邸の中に戻っていく。間もなく、馬鹿でかい太刀を両腕で抱えて現れた。木太刀ではない。真剣である。

「今度は、これを使ってみてはいただけませぬか」

「冗談やめてくれ」

将臣は本気にしなかった。しかし実盛は、心もち息を弾ませて、

「これは、亡き殿が某にくださった形見にございます」

亡き殿――というのが誰だったか、少し考えて思い当たる。

「おい、いくら俺が重盛って人に似てるからって、無茶だって。真剣なんか使えねえよ」

「…………」

 実盛が口をつぐむ。しばし、そのまま何事かを考えていたようだが、

「そう……ですな。少しばかり、無茶を申しました。お忘れ下さい」

太刀を抱えて、素直に引き下がる。

「急がずに、少しずつ続けて参りましょう」

 その言葉通り、実盛はマイペースの将臣に根気強く付き合ってくれた。

 将臣が剣を握ったきっかけはこんなところだった。身を守るためでも、誰かと戦うためでもなく、まして自分が戦場に立つ日が来ようなどとは考えもしなかったのである。




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