還内府の章 十四、重盛の太刀(1)

 

 この年の冬は、気候が不安定だった。

突然、落雷と共に(ひょう)が振り出したかと思えば、一転、春のように暖かくなり、翌日にはまたしびれるような寒波がやってくる。

日照りや水害の多い年でもあったそうだ。それはのちに、深刻な飢饉(ききん)を京にもたらすことになる。

――ひときわ冷え込みの厳しいある日。

知盛と重衡が、平家の軍勢を率いて京を発った。

目的は、近江(おうみ)源氏(げんじ)と呼ばれる源氏の一派の反乱鎮圧。

近江とは、将臣の世界でいう滋賀県の辺りだ。そこでは、半月程前に武装勢力が蜂起、物流の拠点である琵琶湖を占拠し、北陸から京に入ってくるはずの物資を差し押さえているらしい。

重厚な鎧兜をまとって馬にまたがり、同じく鎧兜の武士たちを率いる2人の姿は、遠目には知らない人間のようにも見えた。

時子が見送っている。気丈ながらも、心配を隠せないという顔で。

見送る人々の中には、経正の姿もあった。

ふと、将臣は思った。もしや先日の飲み会は、出陣する2人と別れを惜しむために――?

(まさか、な)

 たわいもない馬鹿話に興じていただけだ。そんな空気は微塵もなかった。

 一抹の不安を心の隅に追いやり、将臣は2人の背中を見送った。

 殺しても死にそうにない連中のことだ。きっとすぐに帰ってくる。

――それから、何日かたった。

清盛もますます多忙になり、望美や譲の消息も知れぬまま。

将臣がやや暇を持て余していると、見かねたのか、実盛が自分の邸に招いてくれた。

「何もない邸ではありますが、退屈しのぎくらいにはなるかと……」

 その心遣いに、将臣は感謝した。

 道すがら、六波羅の町を案内してくれる。

京に来てから出歩いてばかりいる将臣だが、平家の拠点である六波羅の町はほとんど素通りしていた。

場所は、京の鴨川の東。

さらに東には山並が迫っており、東国に抜ける街道も近い。いわば交通の要衝である。

正確な広さはよくわからない。将臣の感覚では、おそらく数キロ四方。そこに、千を越えるという平家一門の邸がひしめいている。

一門の居住地にして軍事拠点でもあり、例えば、武士の必需品である刀や鎧、馬具などの生産・修理もここで行われているし、馬も飼っている。

他にも、暮らしに必要な大抵の物は、六波羅の中で揃えられるようになっていた。まるで、六波羅自体がひとつの町であるかのように。

「見えて参りました。あれが(それがし)の邸でございます」

実盛が指差した建物は、清盛の邸とはだいぶ(おもむき)が違っていた。

質実剛健、といったところか。外から眺めただけでも、そんな印象だった。

邸の周りには運動場のような敷地が広がっていて、大勢の武士たちが集まっている。よく見ると、皆、太刀や弓の稽古をしているようだ。

「ん?あいつ……」

武士たちの中に1人、抜きん出た長身の男が混じっている。

将臣の知っている顔だった。1人で3人の武士を相手に、豪快な太刀(たち)(さば)きを披露している。

「おお、将臣殿ではないか!」

 男がこちらに気づく。

 門脇家の長男、(みち)(もり)だった。汗を拭いながら、こちらに歩いてくる。

「久しぶりだな。何やってんだ?こんなとこで」

将臣の疑問には、実盛が答えた。

「通盛様は、時折こうして一門の邸を回っては、武士たちに稽古をつけてくださるのです」

「へえ。そんなことしてんのか?」

 将臣が感心すると、通盛は照れたように頭をかいた。

「いや、いや。己の鍛錬のためよ。人間、日々修行、日々鍛錬だ。(こと)に斉藤の配下には、腕の立つ者が多いしな」

「あいつは?弟も一緒に来てんのか?」

 将臣は(のり)(つね)のいかつい顔を思い浮かべた。

出会ったばかりの将臣に、いきなり果たし状めいた手紙をよこしたくらいだ。修行だ鍛錬だというなら、通盛より好きそうである。

しかし予想に反して、通盛は首を振った。

「あやつは来ておらん。どこか他の場所で鍛錬しているか、馬で野山を駆け回っているのか――ともかく、じっとしていられん奴でな。あれがどこで何をしているのか、俺にもよくわからんのだ」

 さもありなん。

「将臣殿も、太刀の稽古に参ったのか?」

 かなりズレた質問をする。将臣は微妙にあきれつつ、

「んなわきゃねえだろ。……っていうか、ここに集まってるの、みんな稽古に来たってのか?」

 将臣は辺りを見回した。ざっと見ただけでも、数十人は居るだろうか。

「……ん」

 誰か来る。ぱっと見、知らない相手のようだが、迷いのない足取りでこちらにやってくる。

 年頃は二十歳(はたち)過ぎほどの青年だった。

直垂(ひたたれ)と呼ばれる武士の平常服に細身の袴。(さむらい)烏帽子(えぼし)という、普通の烏帽子を折り畳んだような形状の烏帽子。そして言うまでもなく、腰には刀。

どこからどう見ても武士だが……将臣は眉をひそめた。青年の顔立ちに、どことなく見覚えがあるような……。

一言でいえば、美青年だ。それも、滅多に見ないほどの。

きりりとした眉、引き結んだ口元。眼差しは凛々しく、力強い。

おそらく、気のせいではない。確かに見覚えがある――が、どこで見たのかが思い出せない。

(すけ)(もり)様?」

 実盛が驚いた顔をする。

「なんと、来ておったのか」

 通盛も意外そうに目を見開く。

「久しぶりだな、実盛。通盛殿も、ご無沙汰している」

青年は、実盛に声をかけ、通盛には頭を下げると、一転、鋭い目付きで将臣の顔を見やった。

「こちらは有川将臣殿でございます」

 実盛が慌てて間に入る。

「将臣殿、こちらは平資(たいらのすけ)(もり)様でございます」

 名前からして、いかにも清盛の身内である。

「もしかして、福原の宴で会ったか?」

 あの時、挨拶した中の誰かかと思いきや、

「会っていない。あなたとは初対面だ」

 資盛という名の青年は、ほとんど叩きつけるような口調でそう言った。その目は、将臣への敵意を隠そうともしていない。

「俺は宴には出ていない。そもそも福原に居なかった。一足早く、京に戻っていたからな」

 ずい、と距離をつめてくる。

(何だ?)

将臣は怪訝に思った。

資盛はにらむように将臣の顔を凝視した。やがて、はっ、と短く息を吐くと、

「少しも似てなどいない。皆、どこを見ているのか――」

「あ?」

「兄上の仰る通りだな」

「兄上??」

 わけがわからず困惑する将臣に、実盛が小声で教えてくれた。

「将臣殿、資盛様は、(これ)(もり)様の弟君で……」

「ああ」

 将臣はぽんと手を打った。

道理で見覚えがあるわけだ。資盛の顔は、維盛によく似ている。栗色がかった髪だけは、兄と違って短く切りそろえているが、長くのばせばそっくりだろう。

それでもすぐに思い当たらなかった理由もわかる。維盛とはまるで雰囲気が違う。

どちらかといえば穏やかで気弱そうな兄とは逆に、いかにも負けん気の強そうな顔をしている。つい、しげしげと眺めていると、

「何か?」

とにらまれた。

「資盛様、あの、申し訳ございません。おいでくださるとは思わず、お迎えに上がることもせずに……」

実盛が横から話しかけると、資盛の表情がやわらいだ。

「そんなことはいい。所用のついでに寄っただけだ。……礼を言わなければならないと思っていた」

「は?礼……でございますか?」

「ああ。先日は、珍しい土産をありがとう。母上がたいそう喜ばれていた」

 それを聞いて、実盛の頬も緩む。

「そのようなお言葉をいただけるとは……(それがし)の方こそ、果報者でございます」

「春になったら、早速、庭に撒いてみると仰られていた。どのような花が咲くか、楽しみだと」

 実盛はいっそう口元を綻ばせた。孫を見る好々爺(こうこうや)のような表情で、

「あの種は、宋船の商人から手に入れた物ですので、某にも詳しいことはわかりませぬ。ご期待に添えますとよいのですが……」

「いや、そんなことはいい。母上の心をお慰めしたのは、実盛の気持ちだ。俺や(きよ)(つね)には何もできなかった――」

 資盛のまなざしが陰る。それを鏡にうつしたかのように、実盛の瞳も沈んだ。

「やはり、まだ……亡き殿のことで……」

「…………」

 沈黙。

 話に参加できない将臣は、居心地の悪さを覚えて、小さく身じろぎした。

 資盛がハッと顔を上げる。

「とにかく……用件はそれだけだ。邪魔をしたな、実盛」

「お入りになられないのですか?」

「ああ。今日は通りかかっただけだ。これで失礼する」

 言うが早いか、資盛は立ち去っていった。最後にもう1度、険悪な視線を将臣に投げて。

 その背中が見えなくなってから、通盛が口をひらいた。

「何と言うか……その。あまり気になさるな」

 ぽりぽりと指先で頬をかきながら、いかにも言いにくそうに言葉を紡ぐ。

「資盛殿は少し、誤解されているのだ。宴の席の一件を、人づてに聞いたらしくてな。維盛殿が清盛の伯父上に叱責されたのは、将臣殿のせいだとか……。それに、伯父上の客人とはいえ、素性の知れぬ男が重盛殿と比べられるのもおもしろくないと見えてな」 

 気にするなと言いつつ、いささかしゃべり過ぎである。多分、正直なだけで悪気はないのだろうが……。

「申し訳ございません、将臣殿」

 全く謝る必要のない実盛が頭を下げてくる。

「勝手な願いとわかっておりますが、どうかお気を悪くなさらないでくださいませ。資盛様は、それはお優しい方なのです。ご家族思いで、兄上思いで……」

「別に、気にしちゃいねえよ」

と将臣は肩をすくめた。

 嘘ではない。事実、気にしていなかった。

 父親が見ず知らずの人間と比べられておもしろくないのも、自分の兄が人前で恥をかかされたことに憤るのも、人として自然な感情だろう。

 それを隠そうともしない資盛は、ある意味わかりやすい。その手のタイプは、別に嫌いではなかった。

実盛はホッとした様子で、資盛がどれほど家族思いなのかを話して聞かせた。

昨年、父親が他界して以来、兄や年若い弟たちの支えになってきたこと。

一門より早く京へと戻ったのも、塞ぎがちな母親を案じてのことだったらしい。

 真剣に話す実盛の顔を見ながら、

(あいつのこと、大事に思ってんだな)

と将臣は思った。

 そういえば、兄の維盛のことも随分、気遣っている様子だった。主従関係というより、もっと身近な――それこそ、家族のような。

 詳しい関係を聞いてみたい気もするが、それは立ち入った質問になるだろうか。

「申し訳ございません、かような場所で立ち話など」

 急に、実盛が我に返った。

「いや、別に……」

 謝らなくても、という将臣のセリフを皆まで聞かず、

「どうぞ中へ。まずは温かいものをお出し致します」

 いそいそと、邸の方に向かう。将臣もついていこうとして、横に通盛が居ることを思い出した。

「じゃあ、またな」

「うむ、また会おう」

 通盛と別れ、実盛の後に続く。ついでに資盛の去っていった方を振り向いてみたが、その姿はとっくに見えなくなっていた。




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