還内府の章 十二、鎮西(ちんぜい)の商人

 

 その後も清盛は、暇さえあれば将臣を構った。

さらに数日がたち。

「おもしろい物を見せるゆえ、奥に来るがよいぞ」

と呼び出され、何の気なしに行ってみると――。

「なんだ、こりゃあ……」

 広々とした奥の間は、一面、まばゆい輝きに包まれていた。

 金色(こんじき)の光を放つ屏風(びょうぶ)絵、鳥や獣の像、精緻な飾りのついた宝剣に、勾玉(まがたま)や首飾り。

 いかにも値の張りそうな品々が、所狭しと並べられている。

宝物倉(ほうもつぐら)の中身を、少しばかり持ってきたのよ」

 清盛は部屋の最奥に座し、驚く将臣の様子を満足げに見つめている。

白猫が1匹、その膝で丸くなっている。胡蝶(こちょう)だか蜻蛉(かげろう)だか、将臣には見分けがつかない。

「少しばかりって、これでか?」

 将臣は金銀財宝の山を指差した。

 こういうのを目にすること自体は初めてではない。美術の教科書や、郷土の資料館などで多分、見たことがある。

 しかしそれらは年月を重ね、色彩を失った品々。本来の輝きはまるで違うものだったらしい。

「すげえな。こりゃ」

 将臣は心から感嘆した。相槌を打つように、白猫がにゃあと鳴く。

「一見の価値はあろう?もっとよく見てみるがよい。手に取ってみても構わんぞ」

 下手に触るとやばい気もするが……将臣はそろそろと部屋の中に足を踏み入れた。

 ひときわ目を引いたのは、2匹の龍を(かたど)った像だった。

大きさは60cmほど。黒曜石のような輝きを放つ黒い龍と、真っ白な光沢を放つ白い龍が、1つになって天に昇っていく姿を表している。

「これが龍神ってやつか?もしかして」

「ご明察の通りにございます」

 予想外の場所から聞こえた返事に、将臣は派手に飛び退いた。危うく、高そうな仏像を倒してしまうところだった。

 屏風の陰に、知らない男が座していた。

 武士ではない。邸の下働きとも様子が違う。

「その像は大陸製ですが、この国の龍神を表したものに相違ございません」

「あんた、誰だ?」

 ようやく、将臣は尋ねた。

「その男、佐吉というてな。たまに邸に出入りしておる商人よ」

答えたのは清盛だった。言われてみれば確かに、商人風の服装かもしれない。

 黒髪で中肉中背、これといった特徴はなく、年齢もわかりにくい。若くはないだろうが……さほど年をとっている風でもない。

「以後、お見知りおきを」

 男は床に額が付くほど頭を下げた。そして顔を上げると同時に、にんまり笑って見せた。

 なんとなく、胡散臭(うさんくさ)い。

「今日は珍しい物を手に入れたと申すゆえ、邸に呼んだのよ。そなたにも見せてやろうと思うてな」

 清盛の言葉に合わせて、男は傍らに置かれた袱紗(ふくさ)の中から、一抱えほどの木箱を取り出した。

「遥か西の地より流れ来た一品にございます。私がこれまで手に入れた中で最も価値ある、秘宝の中の秘宝。入道(にゅうどう)相国(しょうこく)殿(どの)にふさわしき品と心得ます」

 芝居がかった口調と仕草が、ますます胡散臭い。

(こんなのと付き合ってていいのか?)

 将臣は清盛の横顔に目をやった。悪徳商法というのは、多分どこの世界でもあるだろう。適当なことを言って、適当な物を高額で売りつける(やから)ではないのか。

 佐吉に薦められて、清盛が木箱の蓋を取る。

 将臣は息を飲んだ。

 部屋中の宝物が、途端に色褪せてしまった。佐吉の言葉は、嘘ではなかったのだ。

 木箱の中には、5つの宝玉が収められていた。

 こんなでかいのは、宝石屋のディスプレイでも見たことがない。しかも、細かいカットが施されている。繊細に、複雑に、執拗なほど精緻に。

「見事じゃ」

 清盛が言った。その目は吸い寄せられるように5つの宝玉を見つめている。

「この(ぎょく)五行(ごぎょう)を表しておるのか?」

「は。おそらく、その通りかと」

 (サファ)(イア)()(ビー)黄玉(トパーズ)瑠璃(ラピスラズリ)、そして金剛石(ダイヤモンド)

 五行の知識がない将臣にも、その5つの石が何か特別な力を表していることはわかる気がした。

「このような細工は、他では見たことがないのう」

 そう言いながら、清盛が箱から石を1つ取り出す。佐吉がうなずいた。

「お気づきでございますか。確かに、鋼よりも硬いこれらの玉を、いかにして細工したのかわかりませぬ。異国の匠の手によるものか、あるいは神の御技(みわざ)か――」

「どうじゃ、将臣。そなたも手に取ってみよ」

「いいのか?」

と言いつつ、将臣は手をのばした。ひとまず紫色の瑠璃を持ち上げ、てのひらで転がしてみる。

「気に入ったなら、持っていくがよいぞ」

 軽い口調で、清盛がとんでもないことを言い出した。

「はあ!?冗談やめろって。だいたいこれ、買う気か?いったいいくらすんだよ」

 佐吉が首を振る。

「この品は売り物にはございません。入道殿に献上するため、お持ちした物でございます」

「タダだってのか?そんなうまい話があるかって。おい、清盛。いいのか?タダより高い物はない、って言うだろ?」

 佐吉が笑い出した。そして清盛も。

「はっきりと物を申す男よの」

「入道殿のお客人は、実に聡明な方でございますな」

「……馬鹿にしてんのか?」

「いえ、むしろ感服致しました。真に、タダより高い物はない。ですが、これには理由があるのでございます」

 佐吉は真面目くさった顔で話し始めた。

「私は鎮西(ちんぜい)の生まれにございます。以前は大宰府(だざいふ)の近くで商いをしておりました」

 鎮西。

 確か、九州のことだ。その生まれと聞くと、京の人々とはどこか様子が違うようにも見えてくる。

「ある時、舶来の首飾りを手に入れまして、これをさる高貴な女性にお売りしたのですが……」

 その首飾りをつけた女性が、体の不調を訴えた。

微熱とだるさ、それに首の周りに発疹が出たらしい。もしかすると、金属アレルギーだったのかもしれない。

ただ、その女性の夫が迷信深いタチで、呪いだ何だと騒ぎ立てた。

 役人に捕らえられ、あわや処刑されかけた佐吉を、たまたま大宰府に滞在していた清盛が救った。こんなものは呪いではない、と看破したのだ。

「へえ……すげえな」

 将臣は素直に感心した。

(まれ)金気(かねけ)に弱い人間がおるからの。どうということもない」

清盛自身は、単に事実を指摘しただけ、という顔をしている。

「ですから、私が珍しき品々を入道殿にお持ちするのは、商売のためではなく、ご恩に報いるためなのでございます。いかに価値ある宝であっても、命より尊い物はない――そうは思われませぬか?」

 佐吉にそう言われて、将臣は素直に同意した。

「そりゃ、ま……命が1番だよな」

 佐吉はゆっくりとうなずいた。

「人の命は(はかな)きもの。それは、こうした品々も同様にございます」

 そっと指で木箱の蓋をなでる。

「この玉もまた、然るべき持ち主もないまま、倉の中で(ほこり)をかぶっておりました。それを偶然、手に入れたのでございます」

「なんだ。だったら、もともとタダか」

「はい。左様で」

 さらに話した結果、佐吉が本来は呉服を扱う商人であり、珍しい物を集めるのは、一種の趣味だということもわかった。

「珍品コレクター、ってやつか」

「『これくたあ』という言葉の意味はわかりませぬが、珍しき物を見るのは好きでございます。とはいえ、一介の商人の身で所有できる物には限りがございますので。私が参上致します時、入道殿はこうして、手持ちの品を見せて下さるのです」

「ああ、それでか。倉の大掃除とか、虫干しとかじゃなかったんだな」

佐吉がくっくっと笑う。

「お客人は真におもしろき方で」

 どことなく謎めいた男だった。

 六波羅で会ったのはこれ1度きりだったが、この縁が、のちに将臣を助けることになるのだった。




十三、酒宴 に進む



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