還内府の章 十一、京を歩く(3)

 

 翌日から早速、将臣は1人で出掛けた。

 東寺(とうじ)(きよ)水寺(みずでら)といった名所を訪ね歩き、京に数ある寺や市などをしらみつぶしに回って、望美と譲の行方を探し求めた。

 その翌日も。さらに翌日も。

 実盛が言った通り、京は以前と比べて荒れており――つまり治安がいいとは言えなかったのだが、さすがに昼間から追いはぎに出くわすことはなかった。

 問題は、たまに道に迷うくらいだ。

 京は碁盤目状(ごばんめじょう)に整備された町だ。一見わかりやすいようでいて、油断すると、自分がどっちを向いて立っているのか見失うことがある。

 京に来て、1週間ほどが過ぎたある日。

 朝から1人で出掛けていた将臣は、例によって帰るべき方角を間違え、太陽が山の()に沈みかける頃になって、ようやく六波(ろくは)()に辿り着いた。

 邸の門をくぐるや、清盛が飛んできた。

「戻ったか!なんぞあったかと思うたぞ」

「あー、悪い。ちょいと道に迷った」

将臣は素直に謝った。清盛はあきれたように嘆息を漏らし、

「さもありなん。邸の外に出るなら、必ず供の者を連れていくように、と申したであろうに」

 気持ちはありがたいが、それでは気楽に出歩くこともできない。

「別にガキじゃねえんだ。1人でもどうってことねえって」

「はは、肝の据わった男よの。見知らぬ世界を1人で歩くなど、並の者にはできまいに」

 だいぶ心配をかけてしまったようだが、怒っていたわけではなかったらしい。

「だが、日が暮れるまでには戻るがよいぞ。さもなくば、都中(みやこじゅう)検非違使(けびいし)に命じて探させるでな」

「……勘弁してくれ」

 ひとまず清盛と別れ、与えられた居室に戻りかけると、奥から時子が出てきた。

「おかえりなさいませ、将臣殿」

(あま)御前(ごぜ)

と将臣は呼んだ。出家した女性に対する敬称である。皆がそう呼んでいるので、将臣もそれに習うことにしたのだ。

「すぐに夕餉(ゆうげ)に致しますが、よろしいでしょうか?」

「ああ、はい。遅くなってすみません」

 将臣は恐縮して頭を下げた。

「先ほどから、清盛殿が――」

 時子は上品に口元を押さえて、しのび笑いを洩らした。

「あちらの廊下を、行ったり来たり。見ていておもしろうございました」

「……次は、遅れないように気をつけます」

 いいえ、と優しく笑って、時子は奥に戻っていった。

 この世界には、いわゆる食堂とかリビングのようなものはないらしい。将臣がいつも食事を出してもらっているのは、邸の中心にある、ひときわ大きな建物だった。

主殿とか寝殿と呼ばれるその建物は、本来、主人が執務を行ったり、来客を迎えたりするための場所だった。

清盛曰く、将臣は客人なのだから、邸の中の最もよい場所で食事をするのが当然だろう、とのこと。

 主殿からは、広い庭が一望できる。ちょっとした庭園並みの景色を眺めながら飲み食いするのは、確かに贅沢で居心地がいい……今が冬でなければ。

 もともとこの世界の建物は、風通しが良過ぎて寒い。春夏秋冬の最もつらい季節にやってきてしまった我が身を呪うか、あるいは慣れる他ないのだろう。

将臣が主殿に足を踏み入れると、先に清盛が来ていた。

「どうじゃ、京の暮らしにはもう慣れたか?」

「ああ、ぼちぼち、な」

そう答えながら、将臣は床にあぐらをかいた。

「無理をするでないぞ。そなたは異界の者。この世界に気が馴染むまでは、不都合の生じることもあろう」

 キがなじむ、とは何のことだろうか。将臣が首をひねっていると、 清盛はぽんと手を打った。

「そうじゃ。明日は宴をひらくとしようぞ」

「……なんで、そういう話になるんだ?」

 今の話との関連性がさっぱりだ。しかし清盛は自信たっぷり、

「気を馴染ませるには、気を張っていてはならぬ。大切なのは、よく遊び、よく休むことよ」

 見るからにうきうきしている。単に自分が遊びたいのではないかと、将臣は訝った。

 ここ数日、清盛はやたらと将臣を構いたがった。

名所旧跡を連れ回され、邸に居る時は双六(すごろく)に付き合わされた。

 無論、清盛とて暇なわけはない。聞いた話によれば、(きた)る源氏との(いくさ)に向けて、京の有力者らと頻繁に会談を重ねている――はずなのだが。

「京では久方ぶりの宴じゃ、にぎやかな方がよかろう。そうじゃ、(しら)拍子(びょうし)も招くとするかの」

「あれか?あれはどうなんだろうな……」

 将臣は微妙に顔をしかめた。

 白拍子というのは、人の集まる席で舞や歌を披露する遊女のこと。 福原でも1度、清盛が邸に呼んだことがある。

さすがに専門職だけあって、舞も歌も、レベルの高いものだった。

とはいえ、遊女と呼ばれるからには、遊び()なのである。いわゆる水商売的な性質も、ないわけではない。

 れっきとした妻を持つ身で、それを邸に招くというのが、将臣にはどうも理解できない。時子はどう思っているのだろうか。

「そなた、女子(おなご)は嫌いか?若いくせに、変わった男よの」

 清盛がおもしろそうに瞳を光らせる。

「別に、嫌いってわけじゃねえよ」

「ならば、心に決めた相手でもおるのか」

 からかい混じりの問いに、将臣は軽く肩をすくめた。

「……ま、そんなとこだ」




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