還内府の章 十一、京を歩く(2)

 

空はよく晴れていた。

小春日和、といったところか。冬にしては気温が高く、過ごしやすい陽気だ。

 荷をかついだ男や女、たまに牛車も通りかかる。かなりの人の出だ。

将臣が物珍しさで道行く人の姿を眺めていると、

「以前はもっとにぎやかだったのですが」

と実盛が言った。

「そうなのか?」

「はい。都のにぎわいが減ったのは、やはり相次ぐ(いくさ)のためでしょうか……」

 ふっとため息を漏らす。深い憂いに満ちた表情だ。

「戦、ねえ……」

将臣は頭をかいた。正直、ぴんとこない。

目の前の町は平和そのもの。旅の間も、特にそれらしい光景は見かけなかった。

平家の人々にしても、確か京を守るために戻ってきたとかいう話のはずだが、そのわりに緊張感がないというか……。

例えば、たまに邸で見かける知盛は、日当たりのいい場所で昼寝しているか、月夜で一杯やっているかのどちらかだった。

重衡にいたっては、しばらく会うことのなかった京の友人――主に女性――を訪ねる方が忙しいように見えた。

経正や門脇家の兄弟には会っていない。彼らは彼らで、やることがあるのだろう。

帝も、内裏とかいう特別な場所で生活しているらしく、京に来てからは顔を見ていなかった。

「以前よりは荒れておりますが……それでも、京には多くの人や物が集まります」

 実盛は気持ちを切り替えたように話し始めた。

 特に人が集まるのは、参詣(さんけい)客の多い寺や、旅人が行き交う街道沿いだという。

「そうした場所には、人の出を目当てに(いち)が立つことが多いものでして」

 将臣はなるほどと思った。

「人を探すなら、人の多い場所は押さえておいた方がいいってことだな」

左様でございます、とうなずく実盛。

 そんなわけで、その日は実盛と共に、いくつかの「市」を見て回った。

将臣の知っている市場と、だいたい似たようなものだった。

屋台のような物が並んでいる場合もあれば、地面に直接、品物を並べている場所もある。売られているのは、農産物や魚、日用品など、さまざまだ。

売り手は女性が多かった。簡素な着物姿で、だいたいが裸足(はだし)だ。

団子に似た餅を売っていたおばさんが、将臣に買っていかないかと声をかけてきた。

別に無駄遣いする気はなかったが、買い物の仕方も知っておく必要がある。清盛にもらった小袋を取り出し、将臣は餅を2つ買った。1つは無論、実盛の分である。

「なんつーか、異世界とか言っても、意外に普通だよな」

 市の外れに腰を下ろし、実盛と2人、買った餅をかじりながら、将臣は言った。

「左様でございますか」

 実盛が不思議そうな顔をする。

「まあ違うのは確かに違うんだが、住んでる人間はそれほど変わらないっていうか」

 市には大勢の人が居る。買い物途中におしゃべりする女性たち。赤ん坊を抱いた母親。その周りではしゃぐ子供ら。

 それらは元の世界でもごく普通に見られた風景だ。さっき餅を売ってくれた愛想のいいおばさんにしても、故郷・鎌倉で探せばきっと似た人に会えるに違いない。

「世界は違えど、人は人……ということでございますか」

 実盛がうなずく。なぜか感心したような顔をしていた。

「言われてみれば確かに、そうかもしれませぬな。(それがし)、以前は東国におりましたゆえ、京に参ったばかりの頃には、都の人々が全く異なる存在のように思えたものですが」

 懐かしそうに笑って、言葉を続ける。

大殿(おおとの)や重盛様に出会い、お(つか)えして、考えが変わりました。どのような場所で生まれたとしても、人の情……心は、変わらぬものだと」

「前は別の場所に居たのか?」

 何気ない将臣の問いに、やはり何気なく実盛は答えた。

「はい。源氏に仕えておりました」

 あやうく、餅が喉につっかえるところだった。

「ちょっと待て。源氏って……平家と今、戦ってるんだよな?」

 源平合戦というくらいである。源氏は平家の、平家は源氏の仇敵、というのが、将臣のイメージだ。

「はい。昨年の富士川の戦いには、某も出陣致しました」

 実盛の口調は淡々としている。将臣はついまじまじとその顔を見てしまった。

 実盛はまた少し笑って、

「某のようなものは、けして珍しくはございません。頼朝に(くみ)する武士の中にも、某の知己(ちき)が多くおります」

源氏の力が強くなれば源氏に仕える武士も増え、平家の影響力が増せば逆のことが起きる。それは当然の成り行きだと、実盛は言った。

「案外、ドライなんだな」

「どらい?」

「なんつーか……武士っていうと、主人に絶対忠実、みたいなイメージがあったんだが」

 イメージという言葉にまた少し首を傾げつつ、実盛は、

「無論、主人に忠節を尽くすは、武士(もののふ)の道。一門には、祖父や曽祖父の代から平家と(えにし)を結んできた家人(けにん)も多くおります。例えば、伊藤(ただ)(きよ)殿や、平家(たいらのいえ)(つぐ)殿、(さだ)(よし)殿ご兄弟……それに平家第一の郎等(ろうとう)・平(もり)(くに)殿……」

「ああ、あの人か」

 他はともかく、最後の名前は知っていた。初めて京に来た日、世話になった老武士だ。

もっとも、あれ以来、1度も会っていないが……。留守役として六波羅の邸を守っていた盛国は、清盛の帰京を受けて、自分の邸に引き上げてしまったのだ。

「あの人、かなり強いんじゃないか」

 将臣の当てずっぽうに、実盛はうなずいた。

「太刀の腕前でございますか。相当なものと聞き及びます」

「やっぱりな……」

 あの老人の隙のない身のこなし。どこか超然とした空気。

 いかにも武芸の達人――という感じがした。

 武芸とは無縁の将臣だが、なぜかそういう勘だけは昔から鋭い。

「盛国殿は、大殿が最も信頼を置く家人(けにん)人品(じんぴん)(いや)しからず、武士の手本のような方です」

「よくわからんが……すごいんだな」

「は。某も、いつかあのような武人になりたいものでございますな」

 既に老域の実盛が、きらきらと少年のように瞳を輝かせて言った。

「実盛さんだって十分、立派な武士だろ」

 将臣が言うと、実盛は慌てたように首を振った。

「そのようなことは、けして」

「謙遜することないだろ。少なくとも俺は、助けてもらったし……マジで感謝してるんだぜ?」

「大殿のお客人をお助けするのは当然のことでございます」

 実盛が立ち上がる。

「さ、そろそろ参りましょう。他にもご案内したい場所がございますので」

 いそいそと歩き出す。どうも照れたらしい。

 清盛は幸せ者だな、と思いつつ、将臣はその背中を追った。




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