還内府の章 十一、京を歩く(1)

 

 (またた)く間に数日が過ぎた。

 その間、将臣は六波(ろくは)()の邸から出ることもなく、この見知らぬ世界での暮らしに慣れることだけに専念していた。

 福原では慣れる間もなく引っ越すことになり、やってきた京。

 どちらの町でも、平家の人々が世話を焼いてくれたおかげで、さほど困ることはなかったが、いつまでも甘えてはいられない。

せめて人として最低限のことは身につけるべく、将臣は慣れない努力を続けた。

その甲斐あってか、衣食住の違いだけはどうにかクリアした。

邸の中で迷うことはなくなったし、着物も1人で着られるようになった。厳密にいえば、盛国が着せてくれたのとはどこか違う気もしたし、邸勤めの女性たちに微妙な顔をされることもあったが。

 食事については、もともと好き嫌いはない方だ。

細かい違いにはおいおい慣れるとして、次の目標は行動範囲を広げること、だろう。

いわずもがな、望美たちの行方を探すためである。

(問題は、具体的にどうやって探すか、だな……)

 与えられた部屋でくつろぎながら、将臣は考えていた。

 将臣1人で町に出ても、迷子になるのが関の山だ。まずは誰かに案内を頼みたいところだが、さて、誰に頼むか。

 清盛に「外出したい」などと言ったら、また牛車(ぎっしゃ)輿(こし)だと、大げさなことになりそうな気がする。

 重衡には頼み事をしないと心に誓った。知盛――もどうだろうか。あまり引き受けてくれそうな予感はしない。

「お休みのところ、失礼致します」

その時、部屋の外から女性の声がした。

「将臣殿にお客様が見えられていますが、お通ししてもようございますか?」

「客?」

 将臣は寝床から起き上がった。

訪ねてきたのは、斉藤(さね)(もり)だった。福原でも望美たちを探すのに協力してくれた、平家の武士である。

「お久しぶりでございます。京ではいかがお過ごしでしょうか」

「いい所に――」

渡りに船、とはこのことだ。挨拶もそこそこに、将臣は相談を持ちかけた。

「京を案内、でございますか?」

 実盛は不思議そうに目を見開いた。

「ああ、暇な時でいいんだが……だめか?」

「…………」

 実盛はじっと将臣の目を見つめた。

「もしや、それは――ご身内の行方を探すために?」

「……あ、ああ。一応、それもある」

 将臣は気まずくなって目をそらした。

 探し人の件は、清盛にも頼んである。その際、何も心配するな、ただ待っていればいいと言われているのだ。

にも関わらず、こんなことを頼むのは、平家の人たちのことを疑っているように聞こえてしまうだろうか。

案の定、実盛は恐縮した。

「まことに申し訳ございません。一刻も早くご身内の行方を突き止めるべく尽力致しますので、どうか今しばらく、このまま――」

 深々と頭を下げようとするのを遮り、

「いやいや、平家の人たちには本気で感謝してる。俺1人で京の町をうろついたって、大して意味がないのもわかってるんだ。あいつらも多分、どっかで無事でいるとは思うしな。ただ、その……なんだ……」

 将臣は口ごもった。

本音を言えば、2人の無事がわからない状況で、ただじっとしていたくないだけなのだが。

 気持ちを察してくれたらしい。実盛はうなずいた。

「承知致しました。なれば(それがし)が、京の町をご案内致しましょう」

「何じゃ、(きょう)見物(けんぶつ)か?」

 清盛が奥から顔をのぞかせた。

「見たいものがあるなら、どこへなりと輿(こし)を出してやるものを」

「いや、そういう大げさなのはいい」

 将臣はきっぱり断った。

『輿』とは神輿(みこし)の『輿』である。福原から京に来る時、将臣が乗せられそうになったアレだ。

こちらの世界では、神様だけでなく人間も乗る。貴人が外出の際に使用する、高貴な乗り物である。

「もうちょっと普通にな。普通の町が見たいんだよ」

と将臣は言った。また隠し事をしたと思われても困るので、望美たちを探すためであることも打ち明けた。

 一瞬、清盛が何か言いたげな顔をする。将臣は急いで言葉を付け足した。

「別に、あんたのことを信じないわけじゃない。ただ、ずっと邸に居るのも暇だっつーか……」

 清盛はおざなりに手を振った。

「言い訳せずともよい。身内の行方がわからぬとあれば、じっとしていられぬのが人の情というもの」

「…………」

「町に出たいというなら好きにせよ。ただし、必ず供の者を連れてゆくようにな」

「……サンキュ」

「そうじゃ、しばし待つがよいぞ」

そう言って、清盛は奥に消えた。間もなく戻ってくると、

「これを持ってゆけ」

 投げてよこしたのは、(みやび)(がら)の小袋だった。受け止めた瞬間、じゃら、と音がした。

「これは……」

 音と重さでぴんときた。中身を確かめると思った通り、この世界の小銭とおぼしきものが入っている。

「無一文では不都合もあろう?使い方は実盛に聞け」

 そこまでしてもらうわけにはいかない――と言いそうになって、思い直した。これだけ世話になっておきながら、今更といえば今更である。

(わり)ぃ、借りとく」

「なんの、この程度のこと、貸しにもならぬわ」

清盛は鷹揚に笑って見せた。

「では、大殿(おおとの)。将臣殿をご案内して参ります」

「うむ。任せたぞ、実盛」

 清盛と別れ、廊下に出ようとした時、

「父上?そちらにいらっしゃるのですか?」

と、聞き慣れない声がした。

「これは、宗盛様」

実盛がハッと姿勢を正す。平家一門の総領――跡取り息子の、宗盛だった。

「ああ、実盛……それに、将臣殿」

 こちらに気づいて、頭を下げてくる。将臣も会釈を返し、宗盛を見た。

中肉中背、黒髪黒目。そこそこ整った風貌ではあるが、どちらかといえば地味な印象だ。

清盛とは似ていない。知盛や重衡とも違う。強いて似ていると言うなら、母親の時子か。それも面影がかぶるという程度だが。

「なんじゃ、宗盛。如何(いかが)した?」

 清盛が眉をひそめる。

「は。少々ご相談したいことが――」

「ならば参るがよい」

 息子の答えを皆まで聞かず、清盛は奥へと戻っていく。

「では、失礼。将臣殿」

宗盛も後に続く。

弟たちと違い、あまり無駄口は利かない性質(たち)らしかった。福原でも、京に来てからも、挨拶以上の会話を交わしたことはこれまで1度もない。

「我々も参りましょう、将臣殿」

 実盛に促されて、将臣もその場を後にした。




十一、京を歩く(2) に進む



目次に戻る



サイトの入口に戻る