還内府の章 一、出会い(1)


「……う……ん?」

 目を閉じたまま、将臣は呻いた。

 静かだ。かすかに水の流れる音が聞こえる。

重たいまぶたを強引にひらけば、視界に移ったのは暮れなずむ空。

ゆっくりと起き上がり、辺りを見回す。

そこは見覚えのない川の岸辺だった。

いや、沢と呼ぶべきかもしれない。今にも途切れそうな細い流れ。冬枯れた葦が、水辺で寂しげに揺れている。

他に見えるのは、殺風景な雑木林だけ。

誰も居ない。望美も、譲も、部活動をしていた生徒たちも。それに――あの奇妙な少年も。

「望美ーっ!譲ーっ!」

 2人の名を呼んでみる。しかし、返事はなかった。

「……どうなってんだ?」

 将臣は軽く頭を抱えた。

 校庭でいきなり濁流に飲まれ、気がついたらこれである。

 あまり深く物を考えない性質(たち)ではあるが、さすがにこの事態は妙だと思った。

水に流された割に、服は濡れていないし、ケガもしていない。

 ただ、持ち物が消えていた。

しっかりと身につけていたはずの携帯も、財布さえない。

(……考えててもしょうがねえか)

 あまりに現実離れした状況に、将臣は早々に思考を放棄した。

 まずは、一緒に流されたはずの望美と譲を見つける。話はそれからだ。

(にしても――)

 辺りを見回す。

 おかしな場所だ。何か変わったものが見える、というわけではないのだが……妙に静か過ぎる。人の声は愚か、車の音ひとつ聞こえてこない。

 まさか、よっぽどの山奥なのか。そういえば、街灯らしきものも見当たらないが――。

 そうこうしているうちにも、辺りは暗くなっていく。

将臣は明かりを持っていない。見知らぬ場所を1人でうろつくより、誰か人を探して、助けを呼んだ方がいいかもしれない。

そう思って、ひとけのない川岸を後にする。

幸い、そこは山奥ではなかった。少し歩くと、町並みらしきものが見えてきたのだ。

どこかの歴史村か、映画撮影用のセット――と、昼間なら思っただろう。

 家々はぐるりと土塀に囲まれ、硬く門を閉ざしている。

 地面は舗装もされておらず、なぜか作りかけの建物や更地(さらち)も多い。

 それらが星明りのもと、不気味に静まり返っている光景は、さながらゴーストタウンのようだ。

 自分が知らない間に、この世の終わりが訪れたかと思った。

「……どうなってんだ?」

と繰り返す。

 いいかげん、悪い夢なら覚めてほしいところだ。

「寒っ……!」

 ふいに吹き付けてきた風に、将臣は肩を縮めた。

 まずい。ここがどこだか知らないが、このまま1人で迷っていたら、朝には確実に冷たくなっているだろう。

せめて、どこか休める場所は――。

あてもなくさまよっているうちに、潮騒の音が耳に届いた。

海だ。岩場と砂浜が広がっている。

波の音を聞きながら、そろそろと闇の中を進む。ほどなく、打ち捨てられたような粗末な小屋を見つけた。

この状況では、かなりの幸運と言うべきだろう。まがりなりにも、寒さをしのげる場所が見つかったのだから。

 とはいえ――季節は冬。

 隙間風の吹く小屋で、暖かい毛布の代わりに、拾った(むしろ)1枚。

 冗談ではなく、凍死するかと思った。

 いや、その前に、ひもじさで餓死しそうだった。

 (わら)にもすがる思いでポケットを探ると、飴玉が1個出てきた。学校に行く途中で、望美がくれたものだった。

 あの時は何の気なしに受け取った。唯一の食料になるなどとは、思いもせずに。

 神様望美様、と拝みながら口に入れる。

 あとは筵にくるまり、ひたすら夜が明けるのを待った。

(本当に、何がどうなってんだ……)

 考えたところで、答えは出ない。せめて朝が来たら、少しはマシな状況になっているといいのだが――。




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