本文へジャンプ

 


 当サイトの登場人物について、原作ゲーム・史実(「平家物語」含む)の両面から紹介するページです。
 歴史とフィクションと管理人の私見が入り混じっているので、参考までにご覧ください。
 年齢は、現代または1180年の時点で。史実と物語で年が違うキャラについては、(史実→物語)という表記になっています。
 今後、小説の進行に合わせて、随時追加・補足していく予定。



→ゲーム未登場キャラの紹介はこちら



春日望美(かすが・のぞみ) 17歳  


 ゲーム本編の主人公。

 高校2年生。身長160cm。すらっと細身で、腰まで届く長い髪をしている。

異世界「京」の神・龍神に選ばれ、「神子」として戦うことになる。(龍神や神子については、「遥かとは」のページを参照)。

 

 原作ゲームにおいて、主人公はプレイヤーの分身ですので、望美の性格については、人により解釈に幅があると思います。

 オフィシャルの設定では、明るく前向き。誰かを「守ろう」とする気持ちの強い少女です。

 また、料理が(壊滅的に)苦手らしい、とのこと。

「義経」を知らなかったくらいなので、歴史には疎いようです。


有川将臣(ありかわ・まさおみ) 17歳   

当サイトの主人公。

 望美と同い年の幼なじみ。幼い頃から家族同然に育つ。

 望美と共に異世界「京」に召喚されるが、「時空の狭間」ではぐれ、1人だけ3年以上昔の福原の都に飛ばされてしまう。

 そこで平家一門の棟梁・平清盛と出会い、客人として迎え入れられることに。

 

細かいことは気にしない性格。大物なのか、大ざっぱなのか。

 面倒くさいことは嫌うタチだが、その割りに面倒見がいい。

 弟の譲いわく、「要領のいい人」。どんな場所でもすぐ馴染む。異世界でも(笑)。


有川譲(ありかわ・ゆずる) 16歳   

  望美の幼なじみ。将臣の弟。高校1年生。

弓道部所属。真面目で努力家。

 知識欲旺盛で、歴史にも詳しい。

  料理が得意。平安時代の調理器具・材料で、現代の料理を再現できるほどの腕前である。

 

 幼い頃からずっと、望美のことを想い続けてきたが、気持ちは伝えられずにいる。


平清盛(たいらの・きよもり) 63歳   

平忠盛の嫡男。母は不明。

「入道殿」「入道相国殿」「六波羅殿」などとも呼ばれる。

 

 政治力に優れ、「保元・平治の乱」という2つの内乱を経て、武士の生まれでは初めて、太政大臣の位(臣下の最高位。一種の名誉職)にまで昇りつめる。

 平家の黄金時代を築いたカリスマであるが、1181年、突然の熱病で没。

 

2012年、清盛は大河ドラマの主役になりました。

 義経がヒーロー、清盛が傲慢な独裁者、という従来のイメージは、だいぶ見直されてきていますよね。

 

 歴史上の清盛は、傲慢とは程遠く、むしろバランス感覚に優れた人だったようです。

 従来の慣習に捉われず、大陸との貿易に積極的だったり、通貨を輸入したり……。

 彼がもっと長生きしていたら、歴史も違っていたかもしれません。

 

一方で、「平家物語」の清盛はなかなか個性的。

 基本的に、自分の行いを反省しない。最期の言葉が、「頼朝の首を墓前に持ってこい!」ですからね。ある種、筋の通った傍若無人ぶりで、管理人はけっこう好きだったりします。

 

冷酷そうに見えて、身内に泣かれたり嘆願されたりすると弱い面もあったりして。

 娘の徳子が安徳帝を出産する際には、ただおたおたするだけ、という人間らしい姿も描かれています。

 

「遙か」の清盛も、感情豊かで、家族思いで、ゲーム的には敵キャラなんだけど、全然、憎めない。

「平家の神子」ルートが「遙か」に存在しないのが、つくづく残念でした。


平時子(たいらの・ときこ) 55歳  

 清盛の妻。父は中級貴族の平時信。

 通称・二位の尼。

 控えめで思いやりがあり、芯の強い女性。

 一門の武士たちに敬愛されている。

 

清盛亡き後も平家を支え、一門の滅亡と運命を共にした。

 最期は壇ノ浦の戦いで、安徳帝を抱いて入水。


平知盛(たいらの・とももり) 29歳→21歳   

 清盛の四男。母は時子。
 官位は中納言。「新中納言」とも呼ばれる。
 兄・宗盛と共に平家の中核を為し、落日の一門を支えた。
 壇ノ浦で平家の敗北を見届けたのち、入水。「見るべき程のことは見つ」というセリフで有名。

 歴史上の知盛は、どうやら持病があったらしく、そのためか武将としても政治家としても、さほど目立った活躍はありません。
 逆に「平家物語」の彼は、だめな兄(宗盛)とできた弟(知盛)という感じで対比され、武将としても人間としても、活躍が目立っています。

 一方、「遙か」の知盛は、酒と昼寝と、そして戦場の空気を愛する男。
 何をやらせても有能、与えられた役目はきっちりこなすが、気が向かない限り自分からは何もしない。気まぐれかつ怠惰。
 ゲーム的には悪役であり、出番もけっして多くはなく、言動に謎の多い彼は、見る人によって、かなり解釈が分かれるキャラでしょう。
 今後、そのわかりにくい内面についても書いていけたらいいなあと思っています。


平重衡(たいらの・しげひら) 25歳→20歳   

 清盛の五男。母は時子。通称「本三位の中将」。
 兄・知盛と同様、将として一門を支えた。

一の谷の合戦で、源氏の武士に生け捕りにされ、捕虜となる。

壇ノ浦で一門が滅びた後、「南都焼討」事件の罪を問われ、南都の僧兵らによって処刑される。数え30歳。

 ゲームではほとんど出番がない……というより、記憶喪失状態で出てくるため、「重衡」の人格についてはあまり描かれていませんでした。
 ただ、「十六夜の逢瀬」などでの言動を見る限り、かなり「平家物語」の人物像に近い設定になっているような気がします。

「平家物語」の重衡は、おもしろい話をしたり、ちょっとした悪戯で人を楽しませたり、容姿も麗しく、魅力的な人物。
 当然、これでもか、というほど女にもてる(笑)。
「彼の死後、出家してその菩提を弔った女性」が平家物語には複数出てきます。
 記憶喪失の彼は「天然タラシ」という感じでしたが、本来の重衡は、その「天然」の中に無自覚の計算があるタイプではないかと思っています。


平経正(たいらの・つねまさ) ?→26歳   

清盛の弟・経盛の長男。
 役職は但馬守。
 琵琶の名手として知られる。優れた歌詠みであり、同時代の歌人、文化人とも交流があった。


将臣のよき友であり、相談相手。
 おとなしそうに見えて、言うべきことは言う人。「なぜ攻略させてくれなかった」というファンの声多数。

 確認される子女はなし。結構いい年だったはずなんですが……独身だったんでしょうかね?

平敦盛(たいらの・あつもり) 12歳→14歳   

ゲームの主要キャラの1人。当サイトでは名前のみ登場。

 経盛の子で、清盛の甥にあたる。通称「無官の大夫」。

 

芸術一家の末っ子として生まれる。父から送られた横笛「青葉」を戦場でも身につけていたという逸話が有名。

 一の谷の合戦で、源氏の武士・熊谷直実に討ち取られた。享年16

 

「遙か」世界の敦盛は、どうやら源平合戦以前に不幸に見舞われたらしく、当サイトでもなかなか顔を出せません。

物静かで控えめ、しかし兄の経正同様、芯は強いタイプ。

か細い見た目とは裏腹に、「武門の子」としての誇りは高い。内面は非常に純粋で、家族思いな性格。

 

幸せになってほしい、してあげたい、と思わせる、薄幸の美少年キャラです。


平維盛(たいらの・これもり) 24歳  

清盛の嫡男・重盛の長子。母は官女(姓氏不明)。
 容姿端麗、光源氏の再来と称えられた。通称は「紅梅少将」。
 富士川の戦い、倶利伽羅峠の戦いで大将を務めるが、共に敗戦。特に倶利伽羅では大敗を喫する。


 その最期については諸説あり。「平家物語」では那智の沖で入水したことになっていますが、生存説もあります。

富士川の戦いの際、水鳥の羽音を敵の攻撃と勘違いして逃げた……という有名な逸話があります。

この話に代表されるように、「気が弱い」「軟弱」というイメージで見られがちな維盛。

ただ、同時代を生きた「建礼門院右京大夫」と呼ばれる女性の歌集には、颯爽とした武士の姿で登場しています。

富士川の戦いについても、部下の諫めでようやく退却した、とする説もあります。

彼の気弱なイメージは、後世、物語の中で作られたもののようですね。

平忠度(たいらの・ただのり) 37歳→50歳   

清盛の末弟。薩摩守。

熊野で生まれ育ち、熊野別当・藤原湛快の娘(「遙か」では妹)を妻にした。

 一の谷の合戦で討死。

 

「遙か」の忠度さんは渋いおじさんキャラでしたが、「平家物語」等に出てくる彼は、歌が巧く、茶目っ気もあり、女性にモテそうなタイプ。

 一門に加わったのは成人後だと言われていますが、その人柄ゆえか、年の離れた異母兄たちとの仲も良好だったようです。

 

一門都落ちの際には、自分の歌集を、親交のあった藤原俊成(著名な歌人。千載集の選者)に託しています。

このシーンがまたかっこいい。

「屍を野山にさらすならさらせ、憂き名を西海の波に流せば流せ、今は浮き世に思い残すことなし。さらば、暇(いとま)申して」と言い残し、颯爽と馬に乗って去る(笑)。

「無骨な武将」という感じの忠度さんも悪くはなかったですが、本来の忠度さんを知ると、なぜ変えたのか……という気もします。


安徳帝(あんとくてい) 3歳→4〜5歳?   

 父親は、後白河院の第7皇子・高倉帝。
 母親は、清盛の娘・建礼門院徳子。
 平家一門の没落と共に西に落ち、わずか8歳でその命を散らした帝。
「波の底にも都はありますよ」と二位の尼に諭され、水に沈むシーンは有名。

 当サイトでは、史実よりプラス1〜2才くらいのつもりで書いています。
 安徳帝が亡くなった時の年齢は、数え年でいくと8歳ですが、満年齢は6歳数ヶ月。
 さすがに幼過ぎるかな、と。
 何も知らず、無邪気に守られているだけの帝も可愛いですが、子供なりに成長していく姿も書けたらいいなーと夢想しているので、少しだけ年齢を上げることにしました。


源九郎義経(みなもとの・くろう・よしつね) 22歳→18


 ゲームの主要キャラの1人。当サイトでは現在、名前のみ登場。

 いわずと知れた、日本史上最も有名な(?)悲劇のヒーロー。

父は源氏の棟梁・源義朝。母はその側室である常磐(ときわ。「常葉」とも)。

 

 西暦1159年、義経の父・義朝は武力クーデター「平治の乱」を起こすが、清盛率いる平家に敗北。逃亡中、部下の裏切りによって殺される。(「遙か」では、ある人物の助けでいったんは逃げ延びたものの、結局は同様の運命を辿る)

 幼い義経は母から引き離され、鞍馬寺に預けられる。

 10代の頃、鞍馬を出て、奥州(東北地方)に下向。その地を治める藤原秀衡の庇護を受ける。

 1180年、兄である頼朝が挙兵した際に奥州から馳せ参じ、その配下として戦うことに。

 兵を引き連れて京に入り、一の谷の戦いで平家を破り、壇ノ浦で滅ぼす。

 しかしその後、頼朝と対立。

勝利の功労者から一転、追われる身となり、再び奥州に逃れるが、秀衡の死後、その子・泰衡に攻められ、自害。享年31歳。

 

「遙か」の九郎は兄上大好きでしたが、史実の九郎は平家を倒した後、けっこう真面目に兄と対立しています。

 ただ、根回しが下手っていうのかな……。うまく周りの支持を取り付けることができず、結局は孤立してしまったみたいですね。

 空気が読めない、天才タイプだったのかもしれません。

 

ゲームの九郎は真面目で堅物。

堅過ぎておもしろくないかと思いきや、照れ顔が可愛く、からかうと面白いタイプでした。

兄・頼朝を心から慕い、一方で平家を憎んでいたのは、幼い頃に家族と別れて、寂しい思いをしたからなんでしょうね。

けど、それって逆恨みも入っているというか、父親のしたことにも原因があったと思うんだけど。

 そういうところは、スルーなのかな?


源頼朝(みなもとの・よりとも) 34歳

当サイトでは現在、名前のみ登場。

父は河内源氏の棟梁・源義朝。母は由良御前。

 義朝の三男であるが、由良御前が父の嫡妻(最も身分の高い妻)であったためか、実質的な後継者として育てられる。

 13歳の時、後白河天皇の姉・上西門院の蔵人に。

 

 しかし、同年、父・義朝が平治の乱に敗れ、一族は離散。

 頼朝はこの戦いに参戦していたが、死罪は免れ、伊豆に流される。助命の理由については諸説あり。

 

 その後、三十歳を過ぎるまで、伊豆の国で流人として過ごす。

 1180年、後白河院の皇子・以仁王が京で叛乱を起こし、平氏追討の命令書を各地に発した際、頼朝も挙兵。

 緒戦・石橋山の戦いでは敗退するも、彼のもとには上総氏・千葉氏など東国の有力な武士たちが終結。一大勢力となる。

 自身は鎌倉にあって後白河院をはじめとする京の朝廷と交渉に当たり、その一方で異母弟の義経らを戦に向かわせ、源義仲・平氏一門を滅ぼす。

 

 1192年、征夷大将軍に。東国を中心とした政権「鎌倉幕府」をひらく。

 ※鎌倉幕府の成立年については諸説あり。

 

 1199年、落馬事故で死去。享年53歳。

 

 鎌倉幕府をひらいた人物として名前は有名だけど、義経の人気が高い分、人気はいまいち。

 なかなか波乱に富んだ人生を送ってますし、大河ドラマとか作ったらおもしろそうなんだけど……。

 

ちなみに「遙か3」の頼朝は、冷酷非情を絵に描いたような人物でした。

プレイ中、この人がラスボスだったらいいのにと何度も思ったものですが、なぜかそのルートだけはないんですよね……。


後白河院(ごしらかわいん) 54歳

 鳥羽天皇の第4皇子。母は待賢門院璋子。

 若い頃は「遊興の皇子」と呼ばれた遊び人。しかし父・鳥羽院と兄・崇徳天皇の対立や政治のゴタゴタの中、何の因果か天皇の座に。

以後、失脚や幽閉といった憂き目をみつつも、そのたびごとに権力の座に返り咲き、最後は天寿を全うした人。

 源頼朝に「日本一の大天狗」と呼ばれる。

 

「遙か」ではちょっと曲者、程度にしか書かれていませんが、影の黒幕とかでも全く違和感のないキャラです。

 この人の言動が争いの引き金になっていることも多く、計算高いのか、考えなしなのか、よくわかりません。

平家とは持ちつ持たれつで権力を握っていたようにも見えるんですが、最後はあっさり見捨てたところを見ると、あんまりいい感情は持ってなかったのかな……。

 

 女性関係、また男色関係もにぎやかでした。

 ちょうど源平合戦の頃には丹後局という女性を寵愛しており、2人の間には、安徳帝より年下の娘も居たりします。





ページのトップに戻る



サイトの入口に戻る